GI-pedia|大腸癌のトピックに関するエビデンスや情報をまとめ、時系列などに整理して紹介します。

第6回 胃癌外科手術の変遷

1. 胃切除術のはじまり

1.1 胃切除術の第一例目

 1881年1月29日、Wien大学のTheodor Billrothにより胃癌に対する胃切除術が行われた1)。患者 (43歳女性) は、順調に回復し2月20日に退院となったが、手術から約4ヵ月後の5月24日、再発により死亡した。1879年にPéan、1880年にRydygierによる胃切除術の報告もあるが、いずれも患者は術後退院できずに死亡しており、Billrothによる胃切除術が成功した報告が第1例目と考えられている。当時は、まだX線検査も開発されておらず、症状を有する症例のみが治療対象となっていた。視診や触診で上腹部の腫瘤を認識し、また、幽門狭窄に伴う嘔吐などの症状から、胃癌の可能性が高いと術前診断を行っていた。
 Billrothは、胃切除術を施行するに当たり2つの側面からその準備を行った。1つは手技的な問題を動物実験で解決することで、胃切除時に必要となる消化管の吻合方法に関して、イヌを用いた実験で検討を行った。もう一つは胃切除術の適応を明らかにすることで、過去の病理解剖の結果から胃癌の特徴を調べて、胃切除術で根治を期待できる胃癌症例の検討を行った。Billrothの弟子たち (Gussenbauer, Winiwarter) は、Wien大学の病理学教室を主宰していたRokitanskyによる61,287例の膨大な症例から903例の胃癌症例を抽出し、幽門癌と非幽門癌に分けてその特徴を検討した2)。その結果、幽門癌は、隣接臓器への広がりが遅く、二次癌 (遠隔臓器への転移) の頻度も低いことから、胃切除術により根治が期待できると判断した。こうして、根治切除を目的に胃切除術の第1例目が施行されたのである。まだリンパ節郭清の概念はなく、胃の切除と再建が手術の主体であった。また、胃切除術の報告と同じ1881年に、Billrothの弟子であるWölflerにより胃空腸吻合術の最初の報告がなされている。開腹所見で根治切除が困難と判断された場合は、切除せずに胃空腸吻合術が選択されていた。

1.2 胃切除術の黎明期
1.2.1 19世紀

 胃切除術は、Billrothの第1例目以降ヨーロッパ各地へ広まっていったが、その症例数はなかなか増加しなかった。その原因には大きく2つあると考えられている。1つは高い手術死亡率で、Billrothによる1878年〜1890年の集計では55.2% (16/29例) 3)、Billrothの弟子でBreslau大学のMikuliczによる1882年〜1895年の集計でも27.8% (5/18例) 4)と報告されている。手術手技だけでなく、麻酔法や感染症管理などの周術期管理もまだ確立されておらず、安全に外科手術が施行できる環境ではなかった。もう1つの原因は、癌の根治性に対する問題である。BillrothやMikuliczの報告によれば6割前後の患者が術後2年以内に再発死亡しており、胃切除術は、有効な胃癌治療として受け入れられていなかった。

1.2.2 胃癌の進展様式とリンパ節郭清

 胃癌治療の新たな方向性を示したのは、ドイツBreslau大学のMikuliczである。Mikuliczは、胃癌の進展様式について1898年の第27回ドイツ外科学会で報告し5)、1900年には著書 (「Handbuch der praktischen Chirurgie」の第V巻「Chirurgie des Unterleibes」) でその理論を展開した6)。その背景には、乳癌や喉頭癌など体表の癌における進展様式の理解と手術術式の発展があった。Mikuliczは、胃癌の治療開発を行う上で胃癌の進展様式に対する理解を深める必要があると考え、局所進展、リンパ行性進展、血行性進展、腹膜播種の4つの進展様式を報告した。即ち、すでにこの当時に、今日われわれが考えている進展様式と同様の捉え方をしていたのである。そして、この4つのうち、局所進展とリンパ行性進展が外科治療の対象になると述べている。さらに、局所進展に関して、Mikuliczははじめて胃癌の肉眼形態について検討を行った。1901年には弟子のBorrmannがこの肉眼形態の分類を報告しており7)、肉眼形態は胃癌の進展 (局所の深達度やリンパ節転移) と関連し、胃の切離線決定のために重要であると述べている。また、リンパ行性進展に関して、1874年のSappeyによるリンパ流研究8)を引用し、胃癌手術には胃周囲リンパ節だけでなく膵上縁リンパ節の郭清も重要であることを初めて示した。
 1903年にMikuliczは訪米し、この胃癌の進展様式とリンパ節郭清に対する考えは米国にも伝えられた。この後、米国のMayoや英国のMoynihanらにより、リンパ節郭清を伴う胃切除術が実践された。しかし、リンパ流理論はまだ完成されておらず、現在の郭清範囲からすると不十分なリンパ節郭清であった。適切なリンパ節郭清の確立には、リンパ流理論の更なる進歩を待たなくてはならなかった。

1.2.3 日本での展開

 日本ではじめての胃切除術は、1897年10月25日に東京大学の近藤次繁によって行われた。そして、1899年4月の第1回日本外科学会において、近藤らは6例の胃癌手術症例を報告した9)。一方、胃癌の進展様式とリンパ節郭清に対する考えは、Mikuliczのもとに留学していた三宅速が日本へ持ち帰った。1928年、三宅らは、福岡医科大学 (現在の九州大学) で施行した胃癌手術症例1,670例をまとめた著書「胃癌」を出版した10)。本書には、胃癌の進展様式、診断や治療などが393ページに渡って詳細に記述されており、日本での胃癌治療の発展に大きな影響を与えた。

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