監修:名古屋大学大学院 医学系研究科 坂本純一(社会生命科学・教授)
バレット食道患者における腺癌の発生頻度
Hvid-Jensen F. et al., N Engl J Med., 2011; 365(15): 1375-1383
バレット食道は胃食道逆流症の合併症で、食道下部の腸上皮化生と定義されており、食道腺癌症例の多くで前癌病変であると考えられている。バレット食道から腺癌へは、軽度および高度異形成を経て移行すると考えられることから前癌期に内視鏡による経過観察が行われているが、経過観察が生存成績に影響を与えたことはなく、その関連性は疑問視されている。バレット食道患者における腺癌および高度異形成の年間発生頻度を正確に評価することは困難である。また、腺癌のリスクは加齢と男性で上昇しているようであるが、これらの因子に関する研究は症例数が少ないうえ、追跡期間も短く、出版バイアスもかかっている。
こうした問題を追究すべく、デンマーク国内のバレット食道患者の腺癌または高度異形成の発生頻度を調査し、一般集団におけるそれと比較し、バレット食道診断時に認められた軽度異形成が腺癌または高度異形成のリスク因子であるかどうかを検討することを目的としたコホート試験を行った。
Danish Pathology Registryから、1992〜2009年に同国内で内視鏡検査によりバレット食道と診断された全患者を抽出し、Danish Cancer Registryのデータと突き合わせ、食道腺癌と高度異形成の発生率を算出した(/1,000人-年)。このコホートで、バレット食道の診断時に高度異形成の診断も同時に受けた症例、および高度異形成歴を有する症例は解析から除外した。また標準化罹患比(コホートで実際に観察されたイベント数を、コホートが一般集団と同じリスクであれば生じると予測されるイベント数で除したもの)および95%CIを用いて相対リスクを算出した。
検討項目は、バレット食道患者集団と一般集団における高度異形成、食道腺癌、および高度異形成+食道腺癌の各発生率である。
対象期間中、11,028例がバレット食道と診断されていた。男性7,366例(66.8%)、女性3,662例(33.2%)で、診断時の年齢中央値は62.7歳、追跡期間中央値は5.2年である。
追跡期間中、新たに食道腺癌(以下、腺癌)との診断を受けたのは197例で、診断時の年齢中央値は68.1歳であった。同一期間で一般集団で腺癌と診断された患者は2,602例であり、国全体としては腺癌患者の7.6%がバレット食道の診断を受けていた患者であるということになる。バレット食道診断後の腺癌発生率は2.9例/1,000人-年であり、標準化罹患比は29.0(95%CI 25.1〜33.3)であった。
腺癌の197例中131例は追跡期間の1年目以内に診断されていた。2年目以降に腺癌との診断を受けた66例の腺癌発生率は1.2例/1,000人-年で、標準化罹患比は11.3(8.8〜14.4)であった。年間リスクは0.12%で、860例のバレット食道患者のうち1年で腺癌を発生するのは1例であると考えられた。
バレット食道患者のうち高度異形成が検出されたのは178例で、追跡期間1年目以内が72例(リスク患者群の0.7%)、それ以降は106例(同1.1%)であった。2年目以降の高度異形成発生率は1.9例/1,000人-年、高度異形成または腺癌の発生率は26例/1,000人-年で、バレット食道患者の標準化罹患比は21.1(17.8〜24.7)であった。
軽度異形成は、621例でバレット食道診断と同時に検出された。追跡期間2年目以降に腺癌との診断を受けた66例のうち、52例はバレット食道診断時に軽度異形成を有しておらず、14例は有していた。腺癌発生率は軽度異形成なし群1.0例/1,000人-年、あり群5.1例/1,000人-年で、あり群のなし群に対する腺癌の相対リスクは4.8(2.6〜8.8)であった。
バレット食道診断時軽度異形成あり群では、なし群に比べて高度異形成または腺癌の発生率が顕著に高く、あり群の高度異形成の相対リスクは4.7(3.0〜7.6)、高度異形成または腺癌の相対リスクは5.1(3.4〜7.6)であった。
追跡期間中のいずれかで軽度異形成との診断を受けた患者の腺癌発生率は当初から診断を受けていた患者と同様に高率であった。
そのほか、追跡期間2年目以降の腺癌発生率は女性に比べて男性で高く(1.5例/1,000人-年 vs 0.5例/1,000人-年)、腺癌も高度異形成も加齢とともにリスクが上昇し、70歳以上で最も発生率が高かった。
以上のように、一般集団と比較したバレット食道患者の腺癌発生リスクは11.3倍(8.8〜14.4)であり、バレット食道は食道腺癌の強力なリスク因子であるものの、本解析ではバレット食道診断後の食道腺癌の年間絶対リスクは0.12%で、現行の内視鏡観察ガイドラインのベースとなったこれまでの解析で考えられていた0.5%に比べ数倍低かった。バレット食道から腺癌を発生する患者はごくわずかであり、費用対効果やQOLに関する他の研究結果も鑑みると、異形成のない患者においてはルーチンの観察が意味を有するかどうかは疑問である。なお、腺癌のリスクはバレット食道診断時に軽度異形成の存在が認められると顕著に上昇していたが、全腺癌のうち3分の2以上は追跡期間の1年目以内に診断されており、これはバレット食道診断時に見逃されたか、内視鏡検査時に誤った生検組織が用いられたことによるものではないかと考えられる。
バレット食道のサーベイランスをどうするか?
バレット食道患者の食道腺癌発生率に関しては、これまで、数百人規模のバレット食道患者を決められた施設で経過観察し、その年間絶対リスクは0.5%前後とされてきた。しかし、今回の検討では、デンマーク国内で病理登録されたバレット食道患者を抽出し、同国の癌登録のデータと付き合わせるという、これまでとは異なる手法を用いることで、10,000人超という非常に多数の一般集団におけるバレット食道患者を対象とすることに成功している。その結果、バレット食道の腺癌発生率は年間0.12%であり、これまでの報告と比べ数倍低く、内視鏡検査によるサーベイランスの有効性に関して否定的な見解を示している。
この論文以外にも、最近の研究報告の傾向としては、バレット食道患者の腺癌発生率は、当初言われていたものより小さいという報告が多いようである。今後は、バレット食道患者であればすべてサーベイランスをするというのではなく、より高危険群(本論文中では異形成を伴うもの)を抽出し、効率的なサーベイランスを模索するという流れになるだろう。また、人種による違いも指摘されており、我が国独自のデータの蓄積も必要である。
監訳・コメント:東北大学病院 飯島 克則(消化器内科・助教)
東北大学病院 下瀬川 徹(消化器内科・教授)
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