10月監修:国立がん研究センター中央病院 消化管内科 医長 加藤 健
胃癌 食道癌
HER2陽性胃癌/食道胃接合部癌の局所進行/遠隔転移既治療例に対するTrastuzumab EmtansineとTaxaneの無作為化比較非盲検第II/III相試験(GATSBY試験)
Thuss-Patience PC, et al.: Lancet Oncol. 18: 640-653, 2017
切除不能進行胃癌は予後不良疾患の一つである。その地域的特徴として、患者の約半数が東アジアで占められる1)。ToGA試験においては、切除不能進行胃癌患者のうち、22.1%にHER2の過剰発現がみられた2)。HER2は、原発巣が胃食道接合部であることや、組織背景が腸型である胃癌に発現頻度が高い傾向がみられる2)。HER2陽性胃癌は、HER2陽性乳癌と比較すると、よりヘテロな傾向であることが知られている3)。
ToGA試験では、一次治療でCisplatin、CapecitabineまたはFluorouracilにTrastuzumabを併用することで、全生存期間(OS)と無増悪生存期間(PFS)が、化学療法単独群と比較して有意に延長することが証明された1)。事後解析では、HER2強陽性である患者群において、Trastuzumabの併用効果がより高い結果であった。一方で、HER2陽性胃癌を対象としたTyTAN試験は、二次治療におけるPaclitaxel単剤へのLapatinibの上乗せ効果が検証されたが、毒性などの問題もあり、Paclitaxel単剤に対するLapatinibの生存期間の上乗せ効果を示すことはできなかった4)。
Trastuzumab Emtansine(T-DM1)は、Trastuzumabとチュブリン阻害剤であるEmtansineをリンカーで結合させた薬剤である。TrastuzumabのHER2シグナルの遮断と抗体自体の抗腫瘍効果に加え、細胞内で放出されるEmtansineの殺細胞作用で抗腫瘍効果を発揮する薬剤である。T-DM1は、Trastuzumab既治療例のHER2陽性進行乳癌患者に対する二次治療以降で、OSとPFSの延長効果とともに、従来の治療と比較して副作用も軽減できることを示し、すでに乳癌の日常診療で用いられている5,6)。
前臨床試験の結果や、ToGA試験、HER2陽性乳癌に対するT-DM1の結果から、HER2陽性胃癌においても、Trastuzumab既治療例に対するT-DM1の効果を検証するに至った。ToGA試験のPK解析では、Trastuzumabの血漿中濃度は、同投与量で開始された乳癌のhistorical dataと比較して低いことが示された7)。そのため、GATSBY試験では、stage 1でT-DM1を2通りの投与方法(2.4 mg/kg毎週投与または3.6 mg/kg 3週毎投与)に分けて至適投与方法を検討し、より最適な投与方法をもってstage 2へ移行するデザインとした。Stage 1と2を合わせたコホートを用いて、T-DM1とTaxaneの有効性と安全性を比較検証することを目的とした。
主な適格規準は、18歳以上、HER2陽性(免疫組織染色:IHC2+かつFISH+、またはIHC3+)、測定可能病変を有する、ECOG PSが0-1、一次治療でPlatinumとFluoropyrimidineに不応であることなどであった。抗HER2薬の投薬歴(Trastuzumab、Lapatinib、Pertuzumab)がある患者も登録可能であった。一方で、T-DM1とTaxaneの投薬歴がある場合は不適格とされた。地域、抗HER2薬治療歴の有無、胃切除歴の有無を層別化因子とした。
Stage 1で患者はランダムに2:2:1に割り付けられ、それぞれT-DM1:2.4 mg/kg毎週投与群、T-DM1:3.6 mg/kg 3週毎投与群、Taxane群(Docetaxel:75 mg/m2 3週毎投与またはPaclitaxel:80 mg/m2毎週投与、physician's choice)が投与された。Stage 2では、ランダムにそれぞれ、stage 1で決定された用法用量のT-DM1とTaxane群の2:1に割り付けられた。
主要評価項目はOSで、副次評価項目はPFS、奏効率割合(ORR)、奏効期間、安全性などであった。OS中央値は、T-DM1群を9ヵ月、Taxane群を6ヵ月と想定し、ハザード比0.67を検出力83%、片側有意水準を0.025で検出するために必要な患者数は412例であった。
Stage 1 partでは、それぞれT-DM1:3.6 mg/kg 3週毎投与群に70人、2.4 mg/kg毎週投与群に75人、Taxane群に37人が割り付けられた。最終的にT-DM1の投与方法は、2.4 mg/kg毎週投与法に決定した。Stage 2 partへ移行して、さらにT-DM1群:153人、Taxane群:80人が追加された。なお、stage 1 partでT-DM1:3.6 mg/kg 3週毎投与群に割り付けられた患者群は、その後の転帰まで観察された。
観察期間中央値は、T-DM1:2.4 mg/kg毎週投与群が17.5ヵ月、Taxane群が15.4ヵ月であった。主要評価項目であるOSは、T-DM1:2.4 mg/kg毎週投与群(228人)が7.9ヵ月、Taxane群が8.6ヵ月で優越性を証明することはできなかった(HR=1.15, 95% CI: 0.87-1.51, p=0.86)。OSのサブグループ解析の結果では、T-DM1投与群にTaxane群よりも優れた特定の因子はみられなかった。副次的評価項目であるPFSは、T-DM1:2.4 mg/kg毎週投与群が2.7ヵ月、Taxane群が2.9ヵ月でT-DM1の優越性は示されなかった(HR=1.13, 95% CI: 0.89-1.43, p=0.31)。ORRは、T-DM1群が20.6%、Taxane群が19.6%であり、T-DM1は一定の腫瘍縮小効果を示すものの、Taxaneと比較して統計的有意性は示されなかった(p=0.84)。
T-DM1:2.4 mg/kg毎週投与群のgrade 3以上の有害事象発症割合(60%)は、Taxane群(78%)の発症割合よりも比較的低かった。T-DM1群のgrade 3以上の主な有害事象は、貧血(26%)、血小板減少(11%)、出血(10%)、好中球減少(5%)、発熱性好中球減少症(1%)であった。一方、Taxane群で生じたgrade 3以上の主な有害事象は、発熱性好中球減少症(10%)、好中球減少(39%)、貧血(18%)、出血(4%)であった。有害事象による中止や、重篤な有害事象発症割合は、両群において差を認めなかった。
治療関連死は、T-DM1:2.4 mg/kg毎週投与群の8症例(4%)に生じた。その内訳は、胃出血、上部消化管出血、非定型肺炎、敗血症性ショック、誤嚥性肺炎、肺胞出血(いずれも1例)、肺臓炎が2例、うち1例の肺胞出血は治療関連と判断された。Taxane群の治療関連死は、4症例(4%)に生じ、内訳は、原因不明1例、呼吸不全1例、肺炎2例で、うち1例の肺炎は治療関連とみなされた。
GATSBY試験は、主要評価項目であるOSにおいて、T-DM1:2.4 mg/kg毎週投与群はTaxane群に対して優越性を示すことはできなかった。加えて、サブグループ解析においても、臨床的背景やバイオマーカーの点でsurvival benefitを示す因子は得られなかった。本試験の結果からは、HER2陽性胃癌の二次治療において、T-DM1は治療選択肢とはなり得ないと判断された。
日本語要約原稿作成:久留米大学病院 がん集学治療センター 下津浦 康隆
監訳者コメント:
HER2陽性進行胃癌の二次治療:Trastuzumab EmtansineとTaxaneの比較第II/III相試験(GATSBY試験)
HER2陽性切除不能進行・再発胃癌患者を対象とした第III相試験(ToGA試験)では、主要評価項目である全生存期間(OS)において、TrastuzumabのFPもしくはXP療法に対する上乗せ効果が証明された。HER2陽性胃癌に対してはFP/XP+Trastuzumabが一次治療における標準治療となった1)。HER2陽性胃癌の二次治療には、Paclitaxel(PTX)にEGFRとHER2を標的としたTKIである、Lapatinibの上乗せ効果をみた第III相試験(TyTAN試験)が報告された4)。試験治療であるPTX+Lapatinib療法は、PTX単剤療法と比較してOSの延長を示せなかった。現状では、HER2陽性胃癌の二次治療では、抗HER2薬の生存に寄与するデータは示されていない。本論文は、HER2陽性胃癌の二次治療における、抗HER2薬の一つであるTrastuzumab Emtansine(T-DM1)の有用性について検証した試験である。
T-DM1は、Taxaneと比較してHER2陽性胃癌の二次治療におけるOSの延長効果は示すことはできず、negative studyであった。副次的評価項目である、無増悪生存期間においても同様に、延長効果は示されなかった。サブセット解析では、一次治療での抗HER2薬の治療歴の有無、HER2強発現(3+)の有無などが検討されたが、いずれもT-DM1のTaxaneに対する優位性は示されなかった。また、T-DM1は、一定の腫瘍縮小効果を有するものの、その効果はTaxaneに勝ることはなかった。結論としては、T-DM1は、HER2陽性胃癌の二次治療の標準治療とはなり得ないと判断される。
しかしながら、胃癌における抗HER2療法は、まだまだ開発が進められている分野である。T-DM1と同様に、HER2を標的とした抗体薬物複合体であるDS-8201aは、Trastuzumabにtopo I阻害剤であるDeruxtecanを8つ結合させた薬剤であり、Trastuzumab既治療例の乳癌あるいは胃癌に対して期待できる抗腫瘍効果が報告されている8)。この薬剤については、HER2発現が低い癌に対しても有効性が期待できるとされており、胃癌での開発が待たれている。また、免疫チェックポイント阻害剤と抗HER2抗体薬(Pembrolizumab+Trastuzumab)の併用療法の臨床試験が進んでいる9)。これら以外にも、抗HER2療法の治療開発は進められており、今後の有望な治療の出現に期待したい。
- 1) GLOBOCAN Project International Agency for Research on Cancer. Stomach cancer. Estimated incidence, mortality and prevalence worldwide in 2012. http://globocan.iarc.fr/old/FactSheets/cancers/stomach-new.asp (accessed Nov 23, 2016)
- 2) Van Cutsem E, et al.: Gastric Cancer. 18(3): 476-484, 2015 [PubMed]
- 3) Rüschoff J, et al.: Mod Pathol. 25(5): 637-650, 2012 [PubMed]
- 4) Satoh T, et al.: J Clin Oncol. 32(19): 2039-2049, 2014 [PubMed]
- 5) Verma S, et al.: N Engl J Med. 367(19): 1783-1791, 2012 [PubMed]
- 6) Krop IE, et al.: Lancet Oncol. 18(6): 743-754, 2017 [PubMed]
- 7) Cosson VF, et al.: Cancer Chemother Pharmacol. 73(4): 737-747, 2014 [PubMed]
- 8) Doi T, et al.: Lancet Oncol. October 13, 2017 [Epub ahead of print]
- 9) NCT02901301 [Clinical Trial.gov]
監訳・コメント:久留米大学病院 がん集学治療センター 深堀 理
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