化学療法では、患者さん個々に効果と副作用のバランスをはかりながら治療を進めていくことが難しくもあり、醍醐味でもあります。
 効果的な薬剤も増え、告知も進み、化学療法に対する患者さんの理解も高まっています。リスクとベネフィットを伝え、患者さんと一緒に治療に立ち向かう……これは化学療法を行う上で重要なことです。しかし、効果が得られるほど、副作用を隠す患者さんも増えてきました。実際には忍耐強く副作用に耐えることが必要なケースはほとんどなく、むしろ多くの場合、治療変更のタイミングを見誤ってしまうリスクを伴います。
  以前は、「なぜ辛いことを隠すのだろう?」「信用されていないのか?」と疑問に思っていました。しかし、“効果があるからこそ治療を継続したい”という患者さんの心理を理解できるようになってからは、「ならばこちらから見つけていこう」と思い、患者さんの様子を慎重に観察するようになりました。大切な人の一挙一動を見逃さない、そんな気持ちに似ています。すると、平然を装っている患者さんの些細な変化に気づくようになりました。「ファスナー付きの洋服ばかり着るようになる」「マユゲの書き方がいびつになってくる」「歩き方がガニマタになってきた」……これらは、私がオキサリプラチンの神経毒性を発見するきっかけとして講演会などで紹介していることですが、全て実例です。

 患者さんに必要以上に感情移入することは好ましくありませんが、治療法、特にファーストラインを決めるときにはデータだけでなく、患者さんの立場に立って慎重に検討することを心がけています。
 効果的な薬剤が増え、ファーストライン、セカンドライン、癌種によってはサードラインまで治療戦略を立てられるようになりました。ファーストラインは生存に影響を与える、非常に重要な最初の“一手”です。しかし、それだけでなく、患者さんが最も長く社会と関わっていられる期間だと認識しています。病状がよければ、仕事を続けることができます。家族と自宅で過ごすことも、旅行に行くことも、趣味に講じることもできます。
 どの治療法を選べば、最も長く治療を続けられるのか、社会生活を長くできるのか――それを強く思いながら治療法を選択し、提案しています。
 例えば、大腸癌の標準的治療であるFOLFOX、FOLFIRIは、どちらをファーストラインにしても効果に差がないということが臨床試験で証明されています。FOLFOXは脱毛が少なく、腫瘍に対しキレがよい反面、神経毒性を生じるため、治療期間が限られてしまいます。一方、FOLFIRIは副作用コントロールが上手くできれば、長い期間投与することが可能です。
 どちらがベストなのかはデータだけでなく、患者さんの社会生活期間を決めるという点からも検討して決定すべきです。患者さんの価値観はさまざまです。話を聞き、大切な人が、どのようなことで社会との関わりに喜びや幸せを感じるのかをイメージするのです。

 研修医2年目に「癌か炎症を見極めるには、どちらかを専門的に勉強する必要がある!」と思い、癌治療に関わること13年。最初は内視鏡検査の技術の向上に魅力を感じていましたが、静岡がんセンターで多くの癌患者さんと接し、また、治験に関わり、新薬の誕生を目の当たりにしてからは、すっかり化学療法の虜になってしまいました。
 防衛医大時代には空軍に配属され、レスキューを経験しました。当時は航空自衛隊の任務として行っていましたが、今になって思うと、あの経験でかなりの「度胸」がつきました。これは人前で発表するという大役を頂いたときに大変役立っています。

 国内外の諸先輩方が築き上げた経験やデータをもとに、よりよい治療を確立できるよう、一腫瘍内科医としてますます精進したいと思います。

 アウフヘーベン(aufheben)、これは私が大好きな言葉です。

 化学療法だけで癌の治癒は難しいのですが、化学療法の重要性は増しており、新薬の開発も含めて自分なりにできることを精一杯行っているという日々です。



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