日赤医療センターの消化器外科は2007年より臓器別診療となり、大腸癌の手術治療は当科で担当することになりました。現在、私が最も力を注いでいるのは、下部直腸進行癌に対する自然肛門温存を目的とした「内肛門括約筋切除術(ISR)」の普及です。
機械吻合の導入により、直腸癌の手術で永久的人工肛門を造設する機会は明らかに減少したものの、腫瘍の下縁が肛門縁から5cm以内の進行癌では、現在でも直腸切断術が標準術式とされています。私は以前から、直腸切断術の際の外肛門括約筋や肛門挙筋の切除が本当に必要なのか、疑問をもっていました。また、直腸脱の際に行っていた脱出腸管の切除後の結腸肛門管吻合を、直腸癌の手術に応用できないものかとも考えておりました。
そのような折、下部直腸の進行癌で直腸切断術の適応と判断された患者さんが「人工肛門を作るなら手術は受けない」と言い出したのです。私はこのとき、文献を検索してISRの存在を知り、「これこそ私が追求していた手術だ」と直感いたしました。2005年秋にISRの1例目を経験することになりますが、外肛門括約筋の強靭さが強烈な印象として残っております。洗浄水が骨盤内に溜まり、肛門のほうへ流れ出ないのです。直腸切断術ではありえないことでした。
当初は適応症例の集積が困難でしたが、座談会で同席したNTT東日本関東病院の古嶋薫先生に患者さんのご紹介をいただくようになってからは順調に手術数が増加し、ようやく20例に達して、術式の正当性を実感としてもてるようになりました。
この手術のポイントは、腹部操作での結腸の血管処理と肛門操作での括約筋間溝への入り方ですが、内肛門括約筋を多めに残せた方のほうが術後の肛門機能は良好のようです。括約筋機能の回復と肛門管の安静のため、3ヵ月ほどdiverting stomaを置いて術後管理を行っていますが、一時的でも人工肛門のわずらわしさを経験した患者さんの人工肛門閉鎖後の満足度は良好で、直腸切断術と比較して、術後のQOLの点で優れた術式といえます。また、根治性に関しても直腸切断術と同等の郭清が可能で、現在のところ、吻合部再発は1例も経験しておりません。
今後、ISRが外肛門括約筋への浸潤がなく、組織学的に高中分化型の下部直腸進行癌に対する標準術式となる可能性は十分にあると思われます。
|