論文紹介 | 監修:財団法人癌研究会附属病院 藤田力也(消化器内科・部長/内視鏡部・部長)山口俊晴(消化器外科・部長)

5月

胃癌転移巣におけるβ-catenin発現の欠失

Matthias P.A., et al., J Clin Oncol 21(9), 2003:1708-1714

 β-cateninは細胞間接着に関与し、またWntカスケードにも不可欠であるが、胃癌発生やその転移における役割は明らかになっていない。
 胃の疾病のない症例(6例)、胃癌症例(87例)の胃癌組織, 転移巣, 培養細胞株などにおいて、免疫組織化学あるいはWestern blot法にてβ-cateninの発現が調べられた。またβ-cateninおよびAPC遺伝子の変異、さらに細胞株においてはβ-cateninプロモーターのメチル化も調べられた。
 結果、75例の胃癌原発組織のうち34例において細胞膜あるいは細胞質のいずれかにβ-cateninの発現が観察された。その発現はintestinal typeあるいは高分化型胃癌において有意に高率であった。ただし、胃癌組織と非癌組織では、発現量には差は認められなかった。また、18例の転移巣のうち17例でβ-cateninの発現が欠失しており、発現していたのは1例のみであった。5つの細胞株のうち4株でβ-catenin蛋白質が発現しており、発現していない細胞株は肝転移に由来したもの(N87)であった。細胞株N87のβ-catenin蛋白質のレベルは5'-azadeoxycytidine処理によって回復したが、これは他の細胞株に比較して、有意に5-methylcytosinesが過剰発現していることを示すものである。
 β-cateninの発現は、胃癌原発巣のあるグループおよび転移巣ではそのほとんどにおいて消失している。また、β-cateninあるいはAPC遺伝子の変異が存在する癌では、β-cateninの核内への局在が観察された。興味深いことに、転移巣におけるβ-catenin発現の欠失は、β-catenin プロモーターのメチル化によるものなのかもしれない。

考察

胃癌転移抑制治療のカギとなるβ-catenin

 これまで胃癌の進展や転移におけるcateninの役割はよく知られていなかった。本研究では、diffuse typeでβ-catenin発現が少ないこと、またその発現が減じるにつれ分化度も低下していくことが観察された。さらに転移巣ではその発現が消失していたことから、細胞間接着因子であるβ-cateninの消失が発生や転移形成に関与していることが明らかにされた。また、培養細胞株のうち、唯一肝転移巣由来のN87で発現が認められなかった。N87を脱メチル化剤である5'-azadeoxycytidineによって処理することによってβ-catenin発現が回復しており、転移巣における発現消失はβ-catenin プロモーターの高メチル化によるものであると考えられた。この知見は胃癌転移を抑制する治療の開発につながる可能性を示すもので、今後の発展が期待される。

(消化器外科・瀬戸泰之)

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