論文紹介 | 監修:京都大学大学院 医学研究科 坂本純一(疫学研究情報管理学・教授)

6月

低頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-L)は
Dukes' C結腸癌において不良な患者予後と相関する

Kohonen-Corish MR, et al., J Clin Oncol. 2005; 23(10): 2318-2324

 以前から、高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-H)と結腸・直腸癌患者の予後との関係が議論されてきた。しかし、結腸・直腸癌における低頻度 MSI(MSI-L)の重要性についてはいまだ十分に理解されていない。結腸・直腸癌におけるMSI-Lとマイクロサテライト安定性(MSS)には明確な生物学的差異がないため、一般にこれら 2つの表現型は、比較的はっきりとしたMSI-H表現型と比較して解析を行う場合、区別されることなく取り扱われる。近年、O6-methylguanine DNA methyltransferaseMGMT )遺伝子発現欠損はMSI-Lと相関することが明らかになってきた。そこでMSI-L表現型をより明らかにするために、結腸癌における MSI-Lと、MGMT 遺伝子発現欠損が結腸・直腸癌患者予後に及ぼす影響を詳細に解析した。
 対象は1971〜1999年に治癒切除が施行され、術後補助療法を受けていない、Dukes' C結腸癌183例である。MSIの表現型、MGMTおよびミスマッチ修復蛋白の発現に加えて、MGMT およびp16 遺伝子プロモーター領域の高メチル化について解析した。
 183例中、42例(23.0%)がMSI-Hを、51例(27.9%)がMSI-L を示した。MSI-L を示す患者はMSSを示す患者よりもOSが有意に不良であった(p = 0.026)。さらにMSI-LはDukes' C結腸癌における独立した予後因子であった(p = 0.005)。MGMT蛋白発現の消失はMSI-L表現型と相関したが、予後因子ではなかった。p16 遺伝子プロモーター領域の高メチル化の頻度は、MSI-LでMSI-H およびMSSよりも有意に低かったが、OSとは相関しなかった。
 MSI-Lは、より予後不良な近位結腸癌のMSI-Lサブグループも含め、Dukes' C結腸癌における特徴的な 1サブグループを特徴づけている。MGMT 遺伝子発現欠損とp16 遺伝子プロモーター領域の高メチル化は、いずれもこのMSI-L表現型のひとつである不良な予後とは関係がないように思われる。

考察

カテゴリーの再編が進むマイクロサテライト不安定性陽性大腸癌

 1997年に米国 NCI が主催した会議で、マイクロサテライト不安定性(MSI)を、使用したマーカーセットにおける変化の頻度で分類することが提唱された。爾来この分類、すなわちMSI-H/Lが広く用いられている。しかし、比較的はっきりとした表現型と相関するMSI-H に対し、MSI-L の生物学的意義は長らく不明であった。一部には、MSI-H が「真の」MSIであり、MSI-L はmarginal な表現型であるとする向きもあるが、最近になり、このカテゴリーが特定の表現型と相関することが報告され始めた。Jassらの研究グループは、MSI-Lがp53 K-ras といった遺伝子群における変異と相関することを報告しているが(Kambara T, et al., Cancer Res. 2001; 61: 7743-7746 他)、これはこのような変異がまったく観察されないと されているMSI-H と好対照を成している。また、これまで一般に大腸癌では、MSI-H は良好な患者予後と相関することが指摘されてきた。実際にはこの差異は術後化学療法が行われていないバックグラウンドでのみ観察可能であるが(Ribic CM, et al., N Engl J Med. 2003; 349: 247-257)、今回の報告は、逆にMSI-L は不良な予後と相関する結果となった。最近われわれの研究グループは、ヒト癌で観察されるMSIには頻度に加え、変化の質が異なる 2つのモードが存在することを明らかにした(Oda S, et al., Nucleic Acids Res. 2005; 33: 1628-1636)。この 2つのモードは、大腸癌ではほぼ MSI-H/Lに対応する。今後大腸癌におけるMSI は、異なる分子背景をもつ複数のカテゴリーに再整理されていくことが予想される。

監訳・コメント:九州大学大学院 掛地吉弘(消化器・総合外科・助教授)
九州がんセンター 織田信弥(臨床研究部・主任研究員)

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