論文紹介 | 監修:京都大学大学院 医学研究科 坂本純一(疫学研究情報管理学・教授)

7月

Lynch syndrome(遺伝性非ポリポーシス結腸・直腸癌)のスクリーニング

Hampel H, et al., N Engl J Med. 2005; 352(18): 1851-1860

 ミスマッチ修復遺伝子MLH1MSH2MSH6PMS2 の生殖細胞系列変異は、発癌性を増大させるものであり、Lynch syndrome(遺伝性非ポリポーシス結腸・直腸癌:HNPCC)を引き起こす。結腸・直腸癌患者におけるこれらの遺伝子変異の発現頻度を調査して、Lynch syndrome患者を同定するための分子スクリーニング法を検討した。
 米国オハイオ州コロンバス市の主要病院6施設にて、新たに結腸・直腸癌と診断された患者を本試験の適格症例とした。まず、マイクロサテライト不安定性(MSI)の解析によるスクリーニングを行った。次にMSIのスクリーニング結果が陽性であった症例については、ミスマッチ修復蛋白の免疫組織化学検査、ゲノム配列決定、遺伝子欠失解析により、MLH1MSH2MSH6PMS2 遺伝子の生殖細胞系列変異を検索した。また、発端者(変異保有者)の家族にカウンセリングを行い、Lynch syndromeのリスクが判明した家族には検査を受けることを勧めた。
 試験参加1,066例中、208例(19.5%)にMSIが認められ、そのうち23例(2.2%)にLynch syndromeを引き起こす変異が認められた。これらの発端者23例のうち、10例は50歳を超えており、5例はLynch syndromeの診断に関するAmsterdam基準やBethesdaガイドラインを満たしていなかった(Lynch syndromeの高リスク患者同定のための年齢と家族歴の使用も含めて)。MSIの遺伝子型解析単独や免疫組織化学検査単独では、それぞれ2例ずつ発端者を同定できなかった。発端者21例の家族でリスクを有する117例が検査を受け、そのうち52例にLynch syndromeの原因となる変異が認められた。
 結腸・直腸癌患者とその家族に、Lynch syndromeに対するミスマッチ修復蛋白の分子スクリーニングを行ったところ、他の検査法では検出しえなかった変異が同定された。これらの検討結果により、免疫組織化学検査によるミスマッチ修復蛋白のスクリーニングは、より複雑なMSIの遺伝子型解析と同程度の有用性を有することが示唆された。

考察

分子生物学がもたらす恩恵と「とまどい」

 発癌機序における分子生物学の進展は、本論文に見られるように、発癌高リスク患者のリストアップ、すなわち治癒可能な状況での早期発見率増大のstrategy構築の第一歩を踏み出せるまでに進歩してきている。本論文が示す頻度が人種構成の異なる本邦にそのまま当てはめられるものかどうかという課題が残されるものの(検討対象中、白人90%、黒人8%)、進行癌治療で苦労される患者さんをみている一般臨床医にとっては、早期発見率増加や術後化学療法の検討(HNPCCは5-FU系製剤が有用でないとする論文がある)の補助手段として極めて魅力的なscreening strategyに映る。
 しかしながら、その一方で、適格ながら本試験への参加を拒否した144症例の拒否理由に示されるように、「遺伝的問題で心配したくない」、「家族を巻き込みたくない」、「生命保険加入時に高リスクと認識される恐れがある」などの、心理的・社会的不安が生じかねない検索でもある。本論文中に示されているように、この検索が患者さんおよび家族へもたらすものの「意味」を十分に説明し、カウンセリング等での支持が与えられる環境が必須であると考えられる。

監訳・コメント:愛知県がんセンター愛知病院 松井隆則
(臨床研究部[消化器外科]・医長)

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