スタチンと結腸・直腸癌リスクとの関連性:
The Molecular Epidemiology of Colorectal Cancer study
Poynter JN, et al., N Engl J Med. 2005; 352(21): 2184-2192
HMG-CoA還元酵素阻害剤(スタチン)は有用な高脂血症治療薬である。スタチンはin vitro において、結腸・直腸癌細胞系の増殖を阻害することが報告されている。また、一部の臨床試験の副次解析では、結腸・直腸癌発生リスクを低下させることが示唆されている。
The Molecular Epidemiology of Colorectal Cancer studyは、1998年から2004年の間に北イスラエルにおいて結腸・直腸癌の診断を受けた患者群と、Clalit Health Services(CHS)データベースをもとに北イスラエル住民の中から年齢、性別、かかりつけ医、民族でマッチングを行った対照群を比較する集団ベースのケースコントロール(症例対照)研究である。両群のスタチン使用は構造化面接法を用いて調べた。スタチン使用の自己報告を検証するため、処方記録が利用可能な患者サブグループにおいて処方記録を調査した。
結腸・直腸癌患者1,953例(平均 69.9歳)と、対照者2,015例(平均 71.0歳)について解析を行った。5年以上のスタチン使用は、スタチン使用5年未満の者および非使用者と比べて結腸・直腸癌の相対的な発生リスク低下に有意に関連していた(オッズ比[OR]0.50;95%信頼区間[CI]0.40〜0.63)。この関連は、アスピリンあるいはその他の非ステロイド性消炎鎮痛剤の使用の有無を調整した後も有意であった(OR 0.55;0.40〜0.74)。さらに身体活動度、高コレステロール血症、および結腸・直腸癌の家族歴の有無、民族、野菜摂取量の調整後も関連性は有意であった(OR 0.53;0.38〜0.74)。フィブラート系高脂血症治療薬の使用は、結腸・直腸癌のリスク低下と有意に関連しなかった(OR 1.08;0.59〜2.01)。スタチン使用報告者で処方記録が利用可能な286例のうち、276例(96.5%)でスタチン使用が裏づけられた。
スタチンの使用は、他の既知の危険因子を調整した後も、結腸・直腸癌の発生リスクを相対的に47%低下させた。しかし、スタチン使用による絶対的リスクの低下度はこれより小さいと考えられるため、結腸・直腸癌予防におけるスタチンの全般的有用性については、今後さらに検討すべきである。
スタチンによる結腸・直腸癌発生リスク低下を
質の高い症例対照研究で証明
症例対照研究の重要なポイントの1つである対照の選択を、イスラエル最大のヘルスケアプロバイダーCHSのデータベース(60歳以上では全住民の70%を網羅)を用いて実施している。よって、本研究の患者と対照は同様の健康サービスを受けていた集団だと考えてよい。さらに、対照選択時のマッチングも適切に実施されている。症例対照研究で最も重要な曝露要因(本研究ではスタチン使用)のデータ収集には‘思い出しバイアス’が混入しやすいことが知られているが、これに対しても処方箋データを調べることでデータの質を保証している。したがって、本研究は十分に質の高い研究といえる。また、結腸・直腸癌発生に関連する多くのリスク因子(予後因子)の影響を調整してもスタチン使用とリスク低下の有意な関連性が示されたことは、本研究の結論の高い信頼性を表している。1人の結腸・直腸癌発生を予防するために必要なスタチン投与例数は4,814人と計算された。スタチンを癌予防薬として導入すべきか否かについては、正常なコレステロールレベルの人たちにおける副作用発生とのバランスおよび医療経済的側面を考慮して検討されるべきであろう。
監訳・コメント:京都大学大学院医学研究科 森田智視(医療疫学分野・講師)