論文紹介 | 監修:京都大学大学院 医学研究科 坂本純一(疫学研究情報管理学・教授)

7月

大腸内視鏡検査陰性者における結腸・直腸癌発症のリスク
−再検査までの間隔を10年とすることに関するエビデンス−

Singh H, et al., JAMA 2006; 295(20): 2366-2373

 大腸内視鏡検査で陰性だった場合、再検査までの間隔は10年とされ、この期間は腺腫性ポリープが癌に進展するのに要すると推測される時間に基づいて採用されている。本コホート研究では、大腸内視鏡検査で陰性だった者の結腸・直腸癌スクリーニングを目的とした、内視鏡再検査までの最適期間を検討した。
 対象者は1984年4月〜2003年に実施された大腸内視鏡検査で大腸癌と診断されなかったカナダ・マニトバ州(人口120万人)の3万5,975例であり、マニトバ州のManitoba Health's physician billing claimデータベースからピックアップし、後ろ向きにコホート研究を行った。標準化罹患比(SIRs)はマニトバ州の人口における罹患率と本試験コホートの罹患率を比較して算出した。陰性であった者が発症リスクが減少した状態を保てる期間を推定するため層別解析を行った。大腸内視鏡検査前に結腸・直腸癌を発症した者、炎症性腸疾患を発症した者、大腸切除術を受けた者、5年以内に下部消化管内視鏡検査を受けた者は対象より除外した。大腸内視鏡検査後の追跡は、結腸・直腸癌の診断、死亡、マニトバ州外への転居までとし、その他の者は2003年12月の試験期間終了日までとした。
 対象者のSIRsは、大腸内視鏡検査後6ヵ月後で0.69(95%CI 0.59〜0.81)、1年後で0.66(95%CI 0.56〜0.78)、2年後で0.59(95%CI 0.48〜0.72)、5年後で0.55(95%CI 0.41〜0.73)、10年後で0.28(95%CI 0.09〜0.65)であった。また本試験コホートのうち、右側結腸に限局する癌の発生率は、対照としたマニトバ州全体より有意に高かった(47% vs 28%、p<0.001)。
 本試験により、大腸内視鏡検査で陰性であった者はその後10年以上も結腸・直腸癌発症リスクが低いままであることが示唆された。しかし,この発症リスクの減少がいつまで続くのかについて明確なエビデンスはなく、さらなる研究を行わなければならない。また、日常臨床において右側結腸癌の早期発見率を改善する取り組みが求められる。

考察

適切な検診としての大腸内視鏡検査間隔は10年間でよいか?

 2004年にAmerican Cancer Society より大腸がんの検診に勧告がなされている。50歳以上では全大腸内視鏡検査であれば10年ごとに行うべきとされている。一方2000年のEUのがん予防諮問委員会の勧告では50〜74歳に対して1〜2年ごとの便潜血反応(FOBT)が基本で、陽性者のみ全大腸内視鏡検査をするべきと位置づけている。現在、日本では一次検診により大腸内視鏡検査の需要が高まっており、適切な検査の指針が求められている。リスクのない対象者にどのような間隔で大腸内視鏡を施行するのが妥当なのか、この論文は検討している。
 解析方法は疫学的な手法によりデータベースから情報を求める方法で、直接、対象者の記録を基にデータを得るのではなく、診録の請求書から得られた情報を基にしており、信頼性は落ちる。特に大腸内視鏡検査の精度、深部まで確実に検査がなされたのか、陰性の判断の根拠などにあいまいな点がある。そのような問題点はあるが、初回の大腸内視鏡検査で陰性であった対象者の結腸・直腸癌の罹患率を考えるデータとしては貴重である。
 10年以上発症のリスクが低いと考えられるならば、精確な全大腸内視鏡検査がなされ陰性であれば、平均的なリスクの対象者は10年ごとの内視鏡検査でよいとなる。この方法であれば検査機関の負担は確実に軽減する。右側結腸癌の発生率が対象群より高いという点は、深部までの大腸内視鏡検査の精度がやはり問題であったのか、あるいは遺伝子のレベルでの発生に差異があるのか、今後の研究が必要である。

監訳・コメント: 山形県立中央病院 齋藤 博 (がん・生活習慣病センター・生活習慣病対策部長)

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