論文紹介 | 監修:京都大学大学院 医学研究科 坂本純一(疫学研究情報管理学・教授)

1月

ホルモン補充療法と結腸・直腸癌診断後の生存

Chan JA, et al., J Clin Oncol. 2006; 24(36): 5680-5686

  閉経後のエストロゲン使用は結腸・直腸癌発症リスクを有意に低下させることが数多くの報告にて明らかにされている。過去に報告された18件の疫学的研究に関するメタ解析において、閉経後女性のホルモン補充療法は結腸癌の発症リスクを20%低下させることが示され、同様の結果が直腸癌においても認められた。しかし、本療法の生存に与える影響に関しては明らかにされていない。本試験では、結腸・直腸癌診断前後のエストロゲン補充療法が生存に及ぼす影響を解析した。
  Nurse's Health Study(NHS)登録女性(12万1,700例、1976年に30〜55歳)のうち、1976〜2000年に初めて結腸・直腸癌と診断された834例の閉経女性における閉経後のエストロゲン補充療法が生存に及ぼす影響を、1976年から死亡まで、あるいは2004年6月まで前向きに追跡し検討した。結腸・直腸癌診断および生存に関する情報は2年ごとの追跡質問票の回答もしくはNational Death Indexから得た。ハザード比(HR)はCox比例ハザードモデルにより算出し、結腸・直腸癌による死亡を主要エンドポイントとした。
   834例のうち376例が死亡し、そのうち結腸・直腸癌による死亡は298例であった。エストロゲン補充療法の内訳は、未治療が370例(対照)、直近まで治療が235例、過去に治療を受けていた者が229例であった。結腸・直腸癌診断以前の閉経後エストロゲン補充療法は、結腸・直腸癌による死亡率および全死亡率の低下と有意に関連していた。エストロゲン未治療例に比較して、直近までエストロゲンによる治療を受けていた症例では、癌再発に関わる予測因子にて調整後、結腸・直腸癌死亡に関するHRは0.64(95%CI 0.47〜0.88)、全死亡に関するHRは0.74(95%CI 0.56〜0.97)と有意な低下を認めた。さらに、エストロゲン使用期間が5年以下の症例において本療法による結腸・直腸癌死亡に関するHRは0.39(95%CI 0.23〜0.67)、全死亡に関するHRは0.42 (95%CI 0.26〜0.68)と有意に低下していたが、使用期間が5年以上の症例では、結腸・直腸癌死亡および全死亡に関するHRは各々0.83 (95%CI 0.58〜1.18)、0.96 (95%CI 0.71〜1.29)と有意な低下を認めなかった。また過去に同剤を服用していた症例における結腸・直腸癌死亡および全死亡に関するHRは各々1.05 (95%CI 0.79〜1.40)、1.00 (95%CI 0.78〜1.30)と有意な低下を認めなかった。病期の進行したstage W症例を除いて検討を行っても、同様の傾向がみられた。また、診断後より直近までのエストロゲン治療を受けていた症例において、結腸・直腸癌死亡に関するHRは0.56(95%CI 0.34〜0.92)、全死亡に関するHRは0.69(95%CI 0.47〜1.03)で、これらの群でも死亡率の有意な低下は使用期間が5年以下の症例に限られていた。
  閉経後女性の結腸・直腸癌診断以前から直近まで5年以内に施行されていたエストロゲン補充療法は、結腸・直腸癌死亡率および全死亡率を有意に低下させた。今後、結腸・直腸癌の発症と進展にエストロゲンの与える影響について、さらなるメカニズムの解明が求められる。

考察

ホルモン補充療法の現状と課題

  本論文では、閉経後女性におけるエストロゲン補充療法が結腸・直腸癌死亡率を有意に低下させ、特に癌の診断以前から直近5年以内に本療法が施行されていた症例における死亡率減少との有意な関連性について強調されている。過去の複数のメタアナリシスにて報告された結腸・直腸癌発症リスクの低下ではなく、信頼度の高い集団での前向き研究において結腸・直腸癌死亡率を有意に低下させた事実は、実地臨床に与えるインパクトが大きい。本療法の結腸・直腸癌死亡率減少に関する作用メカニズムについては、(1)メチル化を介するエストロゲンレセプター遺伝子の発現量低下、(2)二次胆汁酸産生量の低減、(3)血中インスリン様増殖因子への阻害作用など諸説があるものの、いずれも仮説の域を出ない。明らかにされた臨床疫学的事実をより確固としたものにするためにも、in vitroin vivoでの作用機序の解明が不可欠である。
  欧米人と日本人との間には、食生活を中心に生活習慣や疾病構造、遺伝的背景に差異を認める。日本人を対象とした検討にて、本療法の結腸・直腸癌死亡率および前癌病変としての腺腫発症リスクに対する影響、さらには乳癌や肺塞栓、脳卒中などの有害事象に関するリスクの有無などについても今後明らかにされなければならない。また、ホルモン環境は各個人間でも多様であり、本療法を施行するうえでの有用な生化学的マーカーの確立、ホルモン服用開始時期、継続期間、併用療法の有無などいまだ不明瞭な点を明らかにするためにも、日本人のホルモン環境に則した形式での臨床試験の実施が待たれるところである。

監訳・コメント: 京都第一赤十字病院 奥山 祐右(消化器科・医長)

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