H. pylori のCagA(cytotoxin-associated gene A)と胃の前癌病変
Plummer M, et al., J Natl Cancer Inst. 2007; 99(17): 1328-1334
H. pylori 感染は胃癌発生に関与している。H. pylori の遺伝子変化はCagA(cytotoxin-associated gene)とVacA(vaculating cytotoxin)について最もよく研究されており、CagA陽性株は萎縮性胃炎および胃癌の発生リスクを上昇させることが報告されている。しかし、H. pylori のこれらの遺伝子変異と前癌病変の進行との関係について詳細にわかっているわけではない。
本研究の対象者は、ベネズエラのタチラ州で実施された胃癌の化学予防試験1)の参加者2,145例である。年齢は35〜69歳で、1991年7月〜1995年2月に登録され、photofluoroscopic screeningにて胃粘膜異常が指摘され、胃内視鏡検査を受けている。
胃内視鏡検査時には7ヵ所の生検が行われ、うち5検体(4検体は幽門洞より、1検体は胃体部より採取)を組織学的検査に使用した。前癌病変は、FilipeとJassの基準2)により、正常粘膜・表在性胃炎・慢性胃炎・慢性萎縮性胃炎・腸上皮化成・異形成に分類した。残る2検体は幽門洞の小彎中央部および前壁中央部より各1検体ずつ採取したものであり、PCR法および特異的プローブ法で、検体内のH. pylori DNAの存在およびCagA遺伝子の有無を判定した。H. pylori DNAと組織学的診断との関連は多重ロジスティック回帰分析により解析した。前癌病変の進行あるいは退縮は、年1回の胃内視鏡検査時に採取された生検検体により検討した(追跡期間中央値 3.5ヵ年)。すべての統計的解析は両側検定にて実施した。
登録時のCagA陽性H. pylori感染と前癌病変の進行度との間には強い関連が認められたが、CagA陰性H. pyloriに関しては慢性胃炎との関連しか認められなかった。正常粘膜あるいは表在性胃炎を有する者を対照とした場合、異形成のオッズ比は、CagA陽性H. pyloriの感染が15.5(95%CI 6.42〜37.2)、CagA陰性H. pyloriの感染が0.90(95%CI 0.37〜2.17)であった。CagA陽性H. pylori感染者はCagA陰性H. pylori感染者に比較して、前癌病変が進行する率が高く、退縮する率が小さかったが、その差は統計学的に有意ではなかった。
今回の大規模な疫学研究を解析したことにより、胃生検検体内のH. pylori DNAの存在、特にCagA陽性と前癌病変との間に強い関連が示された。これまでの研究ではH. pyloriと胃癌の関連はあまり強いものではなかったが、これは血清学的H. pyloriマーカーの精度が十分でなかったことや、CagAの有無を遺伝子型で区別していなかったためであった。今後、胃癌を含めた前癌病変の進行とH. pyloriの遺伝子型との関連をさらに検討する必要がある。
1)Plummer M, et al., J Natl Cancer Inst. 2007; 99(2): 137-146
2)Filipe MI and Jass JR., Gastric Carcinoma. Churchill Livingstone, Edinburgh, 1986, pp.87-115
胃がんの発生リスクを上昇させるのはCagA陽性ピロリ菌である
ピロリ菌が胃がんの原因の1つであることはこれまでの多く研究により確認されてきたが、ピロリ菌感染率が高いにもかかわらず胃がん発生率が低い地域があり、その理由の解明が求められていた。CagAの発見と抗CagA抗体を用いた研究から、抗ピロリ菌抗体陽性よりも抗CagA抗体陽性であるほうが胃がん発生のリスクが高いことが報告されるようになり、CagAの重要性が認識されたが、CagA陰性ピロリ菌が胃がんのリスクを上昇させるかどうかについては明瞭な解答は得られていなかった。抗体を用いてのピロリ菌感染およびCagAの有無の判定は必ずしも正確ではなく、抗体を用いての疫学調査には限界がある。本研究では生検材料を用いてピロリ菌感染の有無とCagAの有無を遺伝子レベルで多数の研究対象者について確認しており、結果の信頼性は高い。CagA陰性ピロリ菌が前癌病変進展に関与しないことを示した本研究は、ピロリ菌の高感染地域と胃がん高率発生地域が必ずしも一致しないという現象を説明する1つの根拠を提供している。
監訳・コメント:名古屋大学大学院医学系研究科 浜島 信之
(予防医学/医学推計・判断学 教授)