結腸腺癌の予後および治療転帰と関連するmicroRNA発現プロファイル
Schetter AJ, et al., JAMA. 2008; 299(4): 425-436
microRNAは測定が容易な癌診断用バイオマーカーとなる可能性があり、さらに治療標的ともなり得ると考えられているが、これまでにmicroRNAの発現パターンと結腸癌の予後または治療転帰との関連を評価した研究はない。そこで、これらの関連を明らかにするために結腸腺癌患者を対象として本研究を実施した。
1993〜2002年に登録した米国の84例を試験コホート、1991〜2000年登録の香港の113例を検証コホートとして、これらの症例から原発腫瘍組織、および隣接する非腫瘍組織をペアとして採取した。試験コホートに対してマイクロアレイによるmicroRNA発現プロファイル解析を実施し、腫瘍の状態、TNM病期分類、生命予後、術後補助化学療法の効果との関連を検討した。検証コホートに対しては定量RT-PCR法を用いて関連の検証を行った。
主要評価項目は、microRNA発現パターンと、癌による死亡を指標とした生存率との関連とした。
試験コホート84例の組織ペアのプロファイリングにより、腫瘍組織中の発現レベルが非腫瘍組織とは異なる(p<0.001でfalse discovery rate<0.5%)microRNAが37種類検出された。このうち腫瘍組織と非腫瘍組織の発現レベルの比(T:N比)が高いmiR-20a、miR-21、miR-106a、miR-181b、およびmiR-203の5つが、癌による生命予後不良と関連することがCox回帰分析で示された。この5つのmicroRNAは、検証コホートでも腫瘍組織中の発現レベルが高いことが示された(p<0.001)。
これらの高T:N比と生命予後不良との関連は、腫瘍組織と非腫瘍組織のいずれかのmicroRNA発現レベル、またはその両方に起因するのかを解析したところ、腫瘍組織中の発現レベルが高いと生命予後が不良であるが、非腫瘍組織中の発現レベルとは有意な関連がないことが示された。これを検証コホートで検証すると、腫瘍組織中のmiR-21の発現レベルが高いことが予後不良と有意な関連を示したが(p=0.001)、非腫瘍組織中の発現レベルは関連がなく、また他の4つのmicroRNA発現レベルと予後不良との間にも統計学的な有意差は認められなかった。
結腸腺腫組織および隣接する非腺腫組織の18ペアを対象とした定量RT-PCR法でも、腺腫組織中のmiR-21発現レベルは有意に高かった(p=0.006)。また、TNM分類による病期の進行度が高いほどmiR-21発現レベルが高かった(試験コホートp=0.04、検証コホートp<0.001)。
さらに、miR-21の発現をin situハイブリダイゼーション法で組織学的に検討したところ、腫瘍組織の結腸上皮細胞での発現レベルが高いことが示された。これは、結腸の発癌過程でmiR-21過剰発現が役割を果たすという考え方を支持するものである。
癌特異的5年生存率は試験コホート57.5%、検証コホート49.5%であった。両コホートともにmiR-21高発現は、TNM分類などの臨床的共変量とは独立して、不良なOSを予測した(試験コホートのHR 2.5、p=0.01;検証コホートのHR 2.4、p=0.002)。術後補助化学療法を実施したステージII/III患者を対象とした両コホートの統合解析でも、miR-21高発現は不良な治療転帰と関連した(ステージII患者p=0.02、ステージIII患者p=0.004)。
結論として、結腸癌腫瘍組織と非腫瘍組織のmicroRNA発現パターンには系統的な相違が認められ、miR-21の発現レベルが高い腫瘍では生命予後および術後補助化学療法の効果が不良であった。これらの結果はTNM分類などの共変量とは独立していたことから、miR-21は結腸腺癌の予後を予測する有用なバイオマーカーであると考えられた。
腫瘍組織中miR-21の高発現は独立した予後不良因子となる
miR-21は2005年にグリオブラストーマで高発現すると報告されて以来、さまざまな腫瘍で高発現し、oncogenicな作用を持つmicroRNAと考えられている。本研究はmiR-21が大腸癌患者の予後と関連することを示した最初の報告である。Schetterらは、はじめにバルチモアの病院の大腸癌臨床検体(84例)の癌部と非癌部のそれぞれにmicroRNAマイクロアレイを施行した。その結果、両部で明らかに発現値が異なる37個を抽出し、さらに、予後と関連する5個(miR-20a, miR-21, miR-106a, miR-181b, miR-203)を同定した。次に香港の病院の大腸癌臨床検体(113症例)を用いてリアルタイムPCRを施行し、その5個のmicroRNAが腫瘍部で高発現すること、miR-21発現が予後と関連しており、ステージが進むほど高発現することを確認した。また、術後化学療法をうけたステージII/IIIの大腸癌患者群においてmiR-21が高発現すると予後不良であることも明らかにした。 バルチモアと香港の2つの独立した臨床検体群でmiR-21高発現が予後不良因子となることを示した点は意義深く、評価に値する。miR-21は大腸癌患者の新しい予後予測因子として期待される。今回の研究では、切除標本のRNAを用いてmicroRNAの発現値を計測しているが、実際の臨床応用のためには生検標本でどうか、あるいはさらに進めて患者血清中のmicroRNA測定でどうかなどの検証が必要であろう。また、今後は治療応用という面から、治療標的となりうるかについての検証も進むと思われる。
監訳・コメント:大阪大学大学院医学系研究科 森 正樹(消化器外科・教授)