論文紹介 | 監修:名古屋大学大学院 医学研究科 坂本純一(社会生命科学・教授)

10月

胃癌に対するD2リンパ節郭清単独またはD2リンパ節郭清+傍大動脈リンパ節郭清

Sasako M, et al., N Engl J Med. 2008; 359(5): 453-462

[背景] 胃癌のリンパ節郭清の意義については、ヨーロッパを中心に大規模なD1 vs D2比較対照試験が行われ、治癒切除可能胃癌におけるD2リンパ節郭清の優位性は確立できなかった。また米国ではD0あるいはD1胃切除+術後化学放射線療法が標準治療とみなされている。他方、東アジアにおいてはevidenceはないが、胃切除+D2リンパ節郭清が治癒切除可能胃癌の標準的治療として受け入れられている。さらに日本では傍大動脈リンパ節転移患者の系統的リンパ節郭清後の5年OSは20%に達することから、1980年代からT2b、T3、T4胃癌に対して積極的な拡大手術が行われるようになっている。しかし、傍大動脈リンパ節郭清(PAND)によるさらなる生存期間の延長を検討した大規模な前向き試験はこれまでのところないようである。本稿は、治癒切除可能胃癌に対する標準的な胃切除+D2リンパ節郭清に、系統的PANDを追加することによって生存率改善が得られるかどうかを評価する多施設無作為化試験、JCOG9501の最終結果報告である。
[研究対象、研究方法と結果] 1995年7月から2001年4月に、治癒切除可能と判定された75歳以下の胃腺癌患者523例を本試験の対象として、D2リンパ節郭清+PAND群(D2+PAND群、260例)またはD2リンパ節郭清単独群(D2群、263例)に無作為に割り付けた。その他の適格基準は、臨床TステージT2b、T3、またはT4、傍大動脈リンパ節に大きな転移がないこと、および腹腔内洗浄細胞診陰性などであった。術後治療は再発がみられるまでは実施しないこととした。主要評価項目はOS、副次評価項目はRFS、手術関連合併症、および入院死とした。
 手術時間の中央値はD2+PAND群は300分であり、D2群と比較して63分長かった(p<0.001)。出血量の中央値はD2+PAND群660mL、D2群430mL(p<0.001)、輸血実施率はそれぞれ30.0%、14.1%(p<0.001)で、いずれもD2+PAND群のほうが高値であった。
 手術関連合併症はD2+PAND群28.1%、D2群20.9%にみられ(p=0.07)、4大合併症である吻合部縫合不全、膵瘻、腹腔内膿瘍、および肺炎の発現率と入院中の死亡率(両群とも0.8%)は、いずれも両群間に有意差は認められなかった。
 追跡期間中央値D2+PAND群5.7年、D2群5.6年の間に、死亡はそれぞれ95例、96例、再発は98例、100例にみられた。5年OSはD2+PAND群70.3%、D2群69.2%、死亡のHRは1.03(95%CI 0.77〜1.37、両側検定p=0.85)であった。5年RFSはそれぞれ61.7%、62.6%、再発のHRは1.08(95%CI 0.83〜1.42、両側検定p=0.56)であった。最も頻度が高い初回再発部位は腹膜(38.1%)であり、再発のパターンは両群間で同等であった。
 臨床病理学的特性の中で、治療効果との間に有意な交互作用が認められたのは、病理学的Tステージおよびリンパ節状態であった。リンパ節転移陰性174例の5年OSはD2+PAND群96.8%、D2群78.4%である一方、リンパ節転移陽性348例ではそれぞれ54.9%、65.2%であった。
[考察と結論] 以上のように本試験では、D2リンパ節郭清+PANDはD2リンパ節郭清単独と比較してOSやRFSを改善するという結果は得られなかった。再発のパターンは両群で同様であり、D2+PAND群でリンパ節再発率の低下はみられなかった。手術時間、出血量、手術関連合併症などをすべて勘案すると、治癒可能胃癌に対するD2リンパ節郭清+予防的PANDは推奨できない。D2胃切除を手術と術後管理の経験が豊富な特定の施設で実施することによって、死亡率を低くし、妥当な生存期間を得ることができる。

考察

予防的PANDには延命効果が認められなかった

 わが国における癌のリンパ節郭清についての一般的な考えは「the more, the better」と信ずる外科医が多かったし、現在でも多いと思われる。したがってオランダ、イギリスにおける大規模なD1 vs D2 比較対照試験によって、D2郭清の有用性が確立しなかったことはわが国の外科医を大いに当惑させる結果となった。そこで治癒切除可能な局所進行胃癌に対して予防的PANDの延命効果を検討したのが本試験であるが、結果的にはnegative resultに終わった。したがって今後N0〜N2症例に対しては予防的PANDを施行すべきではないと結論される。Subset analysisではあるが、PANDが若干良好な生存率を示したのはN(−)症例においてであり、 N(+)症例においてはPANDを付加したことにより若干生存率が悪くなったことは興味ある所見である。
 他方、本試験は治療的PANDあるいは術前化学療法+治療的PANDの延命効果を否定するものではないことには十分注意する必要がある。
 従来、わが国では手術術式に関する大規模なRCTは皆無に等しかった状況下で、厳密な臨床試験によりN0〜N2症例に対する予防的PANDの効果につき一定の結論を導いたことは大いに意義あることである。

監訳・コメント:癌研有明病院 中島 聰總(顧問)

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