論文紹介 | 監修:名古屋大学大学院 医学研究科 坂本純一(社会生命科学・教授)

12月

切除不能進行・再発大腸癌におけるK-ras変異とcetuximabの有効性

Karapetis C, et al., N Engl J Med. 2008; 359(17): 1757-1765

 National Cancer Institute of Canada Clinical Trials Group(NCIC CTG)とAustralasian Gastro-Intestinal Trials Group(AGITG)が共同で実施したCO.17試験は、あらゆる化学療法が無効となり、その他の標準的な治療法が適応とならない切除不能進行・再発大腸癌患者に対する抗Epidermal Growth Factor Receptor(EGFR)抗体cetuximabの効果を検討した無作為化第III相試験である。その結果として、cetuximab+best supportive care(C+BSC)群ではbest supportive care単独(BSC)群と比較してOSとPFSが改善し、良好なQOLが持続することが示された。しかしcetuximab抵抗性の頻度は高く、初回評価時には50%以上の患者で増悪を認めた。このcetuximab抵抗性には、EGFRシグナルカスケードの下流にあって主要な役割を担っているK-rasの変異が関与していると考えられる。そこで、CO.17試験におけるcetuximabの効果とK-ras変異との関連を検討した。
 2003年12月から2005年8月にCO.17試験に登録された切除不能進行・再発大腸癌患者572例(C+BSC群287例、BSC群285例)中394例(C+BSC群198例、BSC群196例)から腫瘍検体を得た。腫瘍検体からgDNAを抽出し、K-ras遺伝子のエクソン2における変異を解析した。Cetuximabはday 1に初回用量400mg/m2を120分かけて静注、その後は週1回250mg/m2を60分かけて静注し、増悪を認めるまで、または忍容不能な毒性が発現するまで継続した。
 K-ras変異率はC+BSC群40.9%(81例)、BSC群42.3%(83例)であった。K-ras変異型患者のOS中央値はC+BSC群4.5ヵ月、BSC群4.6ヵ月、1年OSは13.2%、19.6%であり、両群のOSに差はなかった(C+BSC群の死亡のHR 0.98、log-rank検定p=0.89)。K-ras野生型患者では、OS中央値9.5ヵ月、4.8ヵ月、1年OS 28.3%、20.1%で、C+BSC群が有意に良好であった(HR 0.55、p<0.001)。PFSも同様に、変異型患者では両群間に差はなく(両群ともPFS中央値1.8ヵ月、HR 0.99、p=0.96)、野生型患者ではC+BSC群で有意に良好であった(PFS中央値3.7ヵ月 vs 1.9ヵ月、HR 0.40、p<0.001)。これらの結果より、CetuximabのOSおよびPFSに対する効果は、野生型患者が変異型患者よりも有意に高かった(交互作用はOS :p=0.01、PFS: p<0.001)。C+BSC群における奏効率は、野生型患者の12.8%に対し、変異型患者ではわずか1.2%(1例)であった。
 C+BSC群では、cetuximab投与中または投与終了後30日以内の皮疹の発現率は、野生型患者で高率であった(94.9% vs 84.0%、p=0.02)。登録後8週時の全般的健康状態(QOL)は、C+BSC群の野生型患者では改善したが、C+BSC群の変異型患者およびBSC群では低下していた。
 以上のように、化学療法が無効であった切除不能進行・再発大腸癌に対するcetuximabの生存に対する効果はK-ras変異と関連していたが、best supportive careのみを実施した患者の生存はK-ras変異状態とは関連がなかった。Cetuximabによる治療は比較的高価なものであるが、その有益性が得られる可能性が高い患者群に投与されれば良好な費用対効果が期待できる。本解析から、K-ras変異患者はcetuximabの効果が乏しいことが予測されるため、K-ras変異はcetuximabによる利益が得られない患者を効率的に除外できるバイオマーカーであることが判明した。しかしK-ras野生型であってもcetuximabが奏効せず、急速な増悪を認める患者も存在するため、今後はK-ras変異以外にも、測定が容易で信頼性の高いバイオマーカーが必要である。

考察

K-ras変異型患者ではcetuximabの効果が期待できない

 K-rasは、腫瘍増殖・血管新生に関与するEGFRシグナル伝達経路において主要な役割を果たしている遺伝子であり、最近、腫瘍組織のK-ras変異とcetuximabの有効性との間に密接な相関があることが複数報告されてきている。本論文では、cetuximab単独投与とBSCを比較した単一の第III相比較試験における比較的多数例での検討によって、K-ras変異例では、奏効率やPFS、OSに対する有効性が期待できないことが示された。この結果より、cetuximabはK-rasに変異がない(野生型)の症例での投与が推奨される。
 わが国においても2008年9月よりcetuximabが使用できるようになった。しかし、添付文書上は“一次治療としての有効性はまだ確立していない”とされており、二次治療以降での使用が推奨されている。今後の切除不能進行・再発大腸癌の二次・三次治療におけるcetuximabの位置づけ・適応を考える上で、K-ras変異の有無は有用なバイオマーカーとなると思われる。K-ras変異診断の診断手技の一般化、ならびに早期の保険適応承認が待たれるところである。

監訳・コメント:東京医科歯科大学大学院 石黒 めぐみ(腫瘍外科学・助教)

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