大腸癌外科治療におけるインフォームド・コンセント
はじめに / がん告知 / 治療法の開示
はじめに
   大腸癌は増加しつつある固型癌の代表とも言える疾患である。食生活の欧米化と高齢化社会の到来に、その主な原因を求めることができる。発生年齢の分布を見ると60歳代にピークがあり70歳代、50歳代、80歳代、40歳代と続く(図1)。癌に罹った年齢が人生のピークで、家族の中心として活躍している時であるのか、10年、20年とこれから子供や親の面倒を見なければならない年齢なのか、或いは引退し余生を楽しく過ごしている時に癌にかかったのかなど、年齢だけの因子を考えてみても患者個々の背景は大きく異なる。人はそれぞれ個人史を持っており“がん告知”や“治療法の開示”において考慮すべき背景の拡がりと深さは計り知れない。直腸癌ではその治療過程において少なからず排便、排尿、性機能障害が起きうる。これら3つの骨盤内諸臓器が司る機能は本来、人が社会生活を営むうえで不可欠かつ極めて重要な要素である。従って、癌の進展状況や遠隔成績についての言及のみでなく、機能障害に対するインフォームド・コンセント(IC)は重要な位置を占める。本稿では、日頃ICを行う上で留意している諸事項を述べ、大腸癌治療におけるICの特徴を浮き彫りにしたい。
図1.大腸癌の年齢階級別総患者数分布
 
【結腸がん】   【直腸がん】
資料:厚生省「患者調査」平成8年
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がん告知
   がん告知の功罪に関する国民的合意は形成されたと言ってよい。この状況を裏付けるように、多くの患者は自分ががんに罹った時はそのことを知りたいと思っている。しかし、このことと無原則に“がん告知”をすることとは全く別である。無原則な“がん告知”は弱い立場の患者に、強い“言葉の暴力”を振るう結果となることもある。私は基本的には診断が確定した時点で(前医で診断がついていれば初診時に)、大腸癌であることを“本人に告げる”ことにしている。“がん告知”の中心的課題は進行度に対する配慮である。局所進展度と遠隔転移の検索には通常10日前後を要する。通常は、検査結果の説明時(2回目の診察時)に可能であれば家族の同席を求め進行度を正確に告げる。大腸癌は手術効果が大きく肝転移や肺転移に対する外科治療が唯一成立している消化器癌であるため、転移の状況についても詳細に説明する。切除不能の転移に関しても正確に開示する。つまり、“がん告知”は段階的かつ正確に行うことが極めて重要で、このことが後の複雑な治療法の説明において、患者側と医療側の信頼関係の構築と治療内容の理解にとっての重要な導線となる。
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治療法の開示
   本人と家族が同席のもとで治療法の説明を行うことが望ましい。手術時間、輸血の有無、入院期間などは、どの病期においても不可欠な説明内容である。吻合を行う場合は、頻度は低いが縫合不全が起きうること、その場合、再手術や一時的に人工肛門が必要になることがありうることは必ず説明し、理解と了解を求めておく。

早期癌の場合
 この病期の大腸癌の治療成績は極めて良好である。従って、ICのポイントは治療法の選択になる。内視鏡的治療(EMR:endoscopic mucosal resection)が可能であればその意義とリスク(出血、穿孔など)を、次いで、病理学的検索で浸潤癌と診断されれば、その10%前後にリンパ節転移の可能性があり、予防的腸管切除が必要である旨を説明する。この病期の手術法としては、腹腔鏡下腸切除が適応となる。開腹手術と鏡下手術の功罪を解説し、患者に治療法を選択させればよい。なぜならば治療法による予後の差はないからである。

切除可能進行癌の場合
 手術法の詳細説明はかえって患者側を混乱させ、理解すべき内容の焦点がボケてしまうことがある。遠隔転移がないstage II、IIIの癌であり、適切な手術法の選択が極めて重要であることが理解できるように、解り易い言葉で説明する。結腸癌では、術後日常生活に支障をきたすような機能障害は起きないので、合併症や予後の説明に重点を置く。しかし結腸癌であっても、第2群や第3群リンパ節に転移があれば自律神経の切除が必要となる。つまり右結腸癌であれば上腸間膜動脈(SMA:superior mesenteric artery)周囲の神経切除により、術後に下痢が誘発されうることを、左結腸癌であれば大動脈周囲のリンパ節郭清により、男性では射精障害が起きうることを解剖図譜などを用いて説明する。また多発癌などで結腸の広範囲切除が必要な症例では、排便異常がある期間合併するなど機能に関する説明も加える。手術内容の理解のためには図示するか解剖書を用いて平易な言葉で解説するとよい。一方、直腸癌はより詳しいICが必要である。ここで50歳代男性で腫瘍下縁が歯状線上2cmのT3直腸癌を例にとり、手術内容に関するICの進め方を概説する。この場合、人工肛門の回避が可能か、どのような機能障害が起きうるのかがICのポイントとなる。この部位にできた直腸癌では、まず人工肛門は回避できるが、男性の骨盤は女性に比べれば狭く、腹腔側からの吻合は困難であり経肛門吻合となること、その結果、どうしても回腸を利用した一時的な人工肛門を安全のために造設する必要があること、しかしこの人工肛門は術後3〜4カ月目に短期入院で閉じ、その後の排便は自然肛門で行うようになるなど、排便に関する説明をする。しかし直腸、S状結腸の切除によりreservoir functionが低下しており、頻便などの排便異常はしばらく避けられない。われわれはこの排便異常を少しでも軽減する目的でJ-pouch再建を積極的に採用している。この際、再建に使用する結腸の可動性がない場合や狭骨盤肥満型の患者では、J-pouchでの再建が適切ではなく、straight型を採用せざるを得ない場合もある。どちらの再建術式がより良好な排便機能をもたらすかどうかについて科学的決着がついていなければ、まだ実験段階の手術法である旨を伝え、経験に基づいた優劣の判断は主治医が行い患者に示すべきである。こうした状況下(level of evidenceが確立していない手術法)では患者に手術法を選ばせるような開示の仕方は患者側の混乱を招きかねない。臨床比較試験を行っている対象が手術や補助療法であれば、時間をかけて内容について詳しく説明する。

直腸癌で隣接臓器の合併切除が必要な場合

 術前検査結果の概略的説明とその結果を踏まえて、直腸は無論のこと、膀胱などの尿路系臓器を切除する可能性、場合によっては骨盤内臓全摘術が回避できない旨を分かり易い言葉で本人はもとより家族にも説明する。この術式では当然、男性、女性機能とも廃絶し、外性器の切除も有りうる。ダブルストーマ造設の可能性が高いため術前のストーマサイトマーキングは極めて重要である。患者の体型、手術創や瘢痕の有無などを考慮に入れ、装具を実際に装着させ、坐位、立位などの姿勢をとらせ、ストーマの観察、管理が最も容易な部位にマーキングを施す。特にウロストーマの位置決めは正確に行っておく。ストーマの指導はビデオを用いた視覚教育が有用である。手術時間、出血量、術後合併症に関する説明も手術内容の理解には欠かせない。腫瘍学的側面に関するものとしては補助療法の有無、再発チェックのための追跡検査の内容と期間、生存率などの説明が必要である。患者と家族の手術に対する認識、理解、同意があって初めて過不足のない適切な術式の選択ができることを外科医は十分に心すべきである。

根治切除不能な遠隔転移や局所進展を示す場合
 この病期の大腸癌のICは特に慎重でなければならない。原則的に家族の同席のもとで、画像や腫瘍マーカーの値を示し、何故手術が今の進展状況では相応しくないか、つまり切除不能な理由を説明する。一方、原発巣が狭窄や出血を起こしていれば、当然原発巣の切除は必要となる。この場合、手術のみでは治療は終了せず、術後の化学療法時に放射線治療が必要なことを話す。転移の程度によっては“これからの生は短く限られている生である”ことを告げなければならない局面が多々ある。この病期では本人の反応は生に対する願望が、性格、個人史、家族への愛、仕事への比重の多寡が折り重なり、錯綜した形で現れがちである。家族の反応、家族の考え方に大きく左右される患者もいれば、毅然と個人史の延長として治癒不能ながんを理解しようとする患者もいる。日頃から、この状況へどの程度の信頼を保ちながら入ることができるかが臨床医として、そしてsurgical oncologistとしての正念場であると感じている。
 

2002年2月発行

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