EBMに基づいた大腸癌の術後化学療法
はじめに / 切除不能・再発病巣に対する化学療法 / 術後補助化学療法 / 今後の展望
はじめに
   近年、高齢化や食生活の欧米化に伴い大腸癌は増加している。大腸癌は分化度が高く比較的限局性に発育し、また系統的なリンパ節転移をきたすので、腹腔内の膜構造をよく把握した系統的な手術が行われれば、外科的治療の有効性が高い癌である。一方、転移・再発病巣に対する化学療法の奏効率は、古典的なregimenでは20%程度と低い。従って、根治術後の再発の高危険度群に対する補助化学療法、あるいは切除不能・再発病巣に対する全身化学療法や肝動注療法は、過去に行われた研究のエビデンスに基づき行われるべきである。現在まで様々なregimenによる大腸癌化学療法の有用性が検討されており、5-fluorouracil(5-FU)+leucovorin(LV)療法とirinotecan(CPT-11)療法はエビデンスが確立されている(エビデンスレベル1)。oxaliplatin、S-1などの新規抗癌剤の開発や、わが国においても活性型葉酸製剤が保険適応(現在はl-leucovorinのみ)となったことなどから、今後はこれらの新規薬剤を用いた治療法に対するエビデンスの確立が重要である。本稿では、大腸癌に対する術後補助化学療法と切除不能・再発病巣に対する全身化学療法や肝動注療法について、現在までに示されているデータと将来の展望を概説する。
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切除不能・再発病巣に対する化学療法
   5-FUの開発以来40年を経ているが、5-FU系薬剤は現在も大腸癌化学療法の中心的存在である。その作用機序は、

[1] 5-FUの代謝産物であるFdUMPと還元型葉酸、そしてde novo DNA合成酵素であるthymidylate synthase(TS)が三者共有結合体を形成することにより、DNA合成が阻害される。

[2] 5-FUが核酸に取り込まれ(F-RNA、F-DNA)、核酸に機能障害をきたす
ことである(図1)。
   
図1. 5-FUの代謝経路
 
  DPD:dihydropyrimidine dehydrogenase, TP:thymidine phosphorylase,
OPRT:orotate phosphoribosyl transferase, UP:uridine phosphorylase,
TS:thymidylate synthase, FdUMP:5-fluorodeoxyuridine,
RNR:ribonucleotide reductase
   
   現時点でエビデンスが確立している大腸癌化学療法は、5-FU+LVである(エビデンスレベル1)。5-FUの作用を増強するために有効な活性型葉酸の血中濃度は1〜10μMとされているが、臨床的な投与量・投与法についてはさまざまなregimenで検討されている。代表的なものは、1)Mayo regimen、2)Roswell Park regimen、3)de Gramont regimenである(表1)。奏効率は当初30〜40%とされていたが、最近は20〜30%弱と報告されている。現在、わが国で保険適応のある5-FU+LVの投与法は、前述2)に準じた5-FU(600mg/m2)静注+l-leucovorin(250mg/m2、LV500mg/m2に相当)2時間点滴静注のみである。また、利便性を考慮して5-FU系薬剤とLVの一方あるいは双方を経口投与する方法が注目されている。我々は進行・再発大腸癌患者に対し、UFT-E® 400mg/m2/日+経口LV15mg/日を5日間連続投与後2日休薬、4週間投与を1クールとするregimenにより、12/37=32.4%の奏効率を得ている。

 CPT-11はトポイソメラーゼT阻害により抗腫瘍効果を発揮し、5-FUと交叉耐性を示さない薬剤である。単独投与でも大腸癌に対して25%の奏効率が示された。欧州では5-FU抵抗性大腸癌に対する有効性が示され、second lineの標準治療として確立された。現在は、5-FU+LVにCPT-11を付加するregimenに関する検討が広く行なわれている。
 CPT-11と同様にわが国で開発され、欧州で臨床使用が開始されたoxaliplatinの有効性も注目されている。わが国では同じプラチナ製剤としてcisplatin(CDDP)を用い、5-FUとの併用投与が行なわれてきたが、大腸癌に対してCDDPは保険適応外である。oxaliplatinと5-FUの併用投与の有効性に関しては今後の検討課題である。
 欧米では、肝動注療法が全身化学療法に比し奏効率は高いものの生存期間の延長に貢献することが証明されなかった。わが国では荒井らの報告などにより、リザーバー留置技術や肝への確実な薬剤分布の確認など技術面の重要性が認識され、精密な肝動注療法が行なわれている。最も広く行なわれているregimen はweekly high-dose 5-FU投与(1000mg/m2)5時間、週1回投与である。
表1. 5-FUとLV併用の代表的regimen
 
1)Mayo regimen 5-FU(370mg/m2)静注+ LV 低用量(20mg/m2)静注
5日間連続 4週ごと繰り返し
2)Roswell Park regimen LV 高用量(500mg/m2)2時間で点滴→
1時間経過時5-FU(600mg/m2)静注 週1回 計6回投与
3)de Gramont regimen LV 高用量(200mg/m2)静注→ 5 - FU(400mg/m2)静注→
5-FU(600mg/m2)22時間で点滴2日間連続 2週ごと繰り返し
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術後補助化学療法
   海外では5-FU系薬剤とLVやlevamisole(LEV)を組み合わせたregimenで、数々の大規模比較試験が行われた。わが国での本格的な臨床試験は1975年の梶谷班一次研究以降であり、5-FU系薬剤とmitomycinC(MMC)の併用投与を中心に行われた。現在は5-FU経口剤の単剤投与ほか、進行再発癌に対するregimenと同様に5-FU系薬剤+LVの有用性が示されつつある。

治癒切除後補助化学療法を行う対象
 Stage IIIDukes C)症例においては、補助化学療法の必要性が認知されている(survival benefitがある。エビデンスレベル1)。米国National Cancer Institute(NCI)がインターネット上に公開している推奨治療によると、Stage III結腸およびStage II・III直腸癌に術後補助化学療法(直腸癌には放射線治療も選択肢となる)が施行されるべきであるとしている。わが国でもmeta-analysisにより、Stage III大腸癌において5-FU−based regimenは手術単独群と比較して再発率および死亡率を有意に減少させたと報告されている。

regimen
 National Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project(NSABP)は代表的な大規模比較試験である。1987年から行なわれたNSABP C-03から5-FU+LVの検証がなされた。またStage III症例に対する術後補助化学療法の有効性が明らかになりつつあったので、臨床試験において手術単独群をおくことが問題となり、C-03からは対照群としての手術単独群はおかれていない。C-03〜C-05において補助化学療法としての5-FU+LVの有用性が示された。C-06ではUFT 300mg/m2/日+経口LV 90mg/日、28日連続投与法と5-FU+LV(RPMI regimen)を比較しており、まだ最終結果は報告されていないが中間報告では奏効率や生存率に両群間で差はなく、副作用はUFT+LV群で有意に少なかった。C-07においてはoxaliplatinと5-FU+LVとの併用投与について検討している。1998年、アメリカの大規模比較試験Intergroup Colon Adjuvant Trial 0089(INT-0089)での検討においてLEV投与が必須ではないと報告され、また補助化学療法の継続期間は6ヶ月が妥当であると示唆された。結腸癌術後再発予防を目的とした門注療法、および肝切除後の再々発予防を目的とした肝動注療法には、survival benefitを有するregimenがあると報告されたが、手術単独群を対照とした研究であった。最近の報告では、これらの治療法は経静脈的な補助化学療法と比しsurvival benefitを認めないとされており、前述のNCIによる推奨治療において術後補助門注療法は“is therefore of some historical interest and should not be employed ”と位置付けられている。
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今後の展望
   現在の標準的大腸癌化学療法は5-FU+LVであるが、経口剤の使用やCPT-11との併用投与などの検討課題がある。また、oxaliplatinやS-1、capecitabineなどの新規抗癌剤の臨床応用も始まり、今後さらなる進歩が予想される。近年、腫瘍の個性に応じて個別化された化学療法を行う試み(オーダーメイド治療)が盛んに論じられている。我々は前述のUFT-E®+経口LV投与のregimenにおいて、5-FUのターゲットであるTSと分解律速酵素であるdihydropyrimidine dehydrogenase(DPD)の腫瘍内遺伝子発現量が抗腫瘍効果と相関することを示した(図2)。TSやDPDなどが5-FUの効果予測因子として定着し、さらにプロスペクティブな検討で効果予測の有用性が示されれば、「エビデンスに基づくオーダーメイド治療」確立の一助となるものと思われる。
図2. TSおよびDPDmRNA量と5-FU感受性
 
 

2002年12月発行

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