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はじめに / 胃癌に対する新規抗癌剤
/ 最近の動向について |
はじめに |
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2001年3月発行『胃癌治療ガイドライン』1)のなかに「最近、奏効率の高い薬剤、あるいは併用療法が報告されている。しかし、同時に強い副作用を伴うことがあるので、副作用に対する適切な対応が必要である。(後略)」との記載がある。当時docetaxel(TXT)、paclitaxel(TXL)、irinotecan(CPT-11)、levofolinate/fluorouracil(l-LV/5-FU)、TS-1などは、胃癌治療に使われ始めた頃であり、確たるデータは存在しなかった。しかし、昨今の学会ではこれら薬剤の有用性が多数報告され、今では胃癌化学療法の選択肢を飛躍的に広げている。
本稿では第75回胃癌学会(2003年)の「胃癌化療における新規抗癌剤」というシンポジウムでとりあげられた新規抗癌剤を中心に最近の動向を概説する。 |
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胃癌に対する新規抗癌剤 |
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levofolinate/fluorouracil(l-LV/5-FU)
l-LVそのものには抗腫瘍効果はないが、5-FUの抗腫瘍効果を増強する目的で使われるbiochemical modulationの論理を応用した化学療法である。LVはd体とl体を持つdiastereomerであるが生物活性はl体のみにあり、アイソボリン®はl体のみを抽出した薬剤である。
5-FUの代謝物であるFdUMPの6位にTS(thymidylate synthase)が結合しTS活性が失われるが、その結合は非共有結合であり弱く離れやすい。しかし、FdUMPの5位にCH2FH4(5,10-methylene
tetrahydrofolate)が結合した場合、FdUMP、TS、CH2FH4の三者は強力に結合し、TS活性の阻害が強化される。このCH2FH4を供給するためにl-LVを投与する(図1)。
この併用療法はレボホリナート・フルオロウラシル療法(l-LV/5-FU療法)と称され、通常、成人にはl-LV 250mg/m2/回を2時間かけて点滴静注する。l-LVの点滴静注開始1時間後に5-FU
600mg/m2/回を3分以内で緩徐に静注し、1週間ごとに6回繰り返した後、2週間休薬する。これを1クールとしている。
l-LVは1999年10月に発売され、胃癌に対する奏効率は29.8%(50/168例)であり、主な副作用は白血球減少、下痢、食欲不振、悪心・嘔吐などである。
欧米ではPetrelli2)、Machover3)、O’Connell4)らによって大腸癌に対する優れた効果が報告されており、標準治療とされているため、本邦でも大腸癌治療に応用されることが多い。
胃癌治療においてはCDDP5)やetoposide6)との併用による効果増強やMST(median survival
time)の延長が報告されているが、今後はtaxan系抗癌剤やCPT-11などとの併用による有用性向上が期待される。 |
図1. l-LV/5-FU療法の作用機序 |
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irinotecan(CPT-11)
中国産喜樹などに含まれるcamptothecinの半合成誘導体であるCPT-11は、1995年に胃癌の適応を追加している。その作用機序はCPT-11の活性代謝物であるSN-38がT型DNA
topoisomeraseの作用を阻害し、DNAの合成を阻害することにより殺細胞効果を発揮する(図2)。
胃癌にはA法(通常、成人に1日1回、CPT-11 100mg/m2を1週間間隔で3〜4回点滴静注し、少なくとも2週間休薬)とB法(通常、成人に1日1回、CPT-11
150mg/m2を2週間間隔で2〜3回点滴静注し、少なくとも3週間休薬)の2通りの治療法がある。A法とB法による後期第II相試験の成績を表1に示すが、同等の成績が認められている7)。
主な副作用は、単剤はもちろん併用療法でも、白血球減少(特に好中球減少)や下痢が多く報告されている。下痢には本剤のコリン作動性による一過性の早期型と、活性代謝物SN-38による遅発型とがある。
胃癌治療には5-FUなどの代謝拮抗剤やCDDPなどの白金製剤が多く使われるので、特徴的な作用機序を持つCPT-11は他剤と併用する価値は高い。第75回胃癌学会におけるCPT-11の併用薬剤はCDDPが一番多かった。また、CPT-11は5-FUの殺細胞作用におけるkey
enzymeであるTSの活性を下げる作用があり、5-FU系抗癌剤との併用は論理的にも意義があると考えられる(表2)8)。 |
図2. CPT-11によるI型DNA topoisomeraseの阻害 |
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表1. CPT-11後期第II相試験の抗腫瘍効果
(固形がん化学療法直接効果判定基準、胃癌取扱い規約による) |
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投与法 |
適格例 |
完全例 |
CR |
PR |
MR |
NC |
PD |
奏効率
(適格例) |
95%信頼区間 |
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76 |
60 |
0 |
14 |
4 |
23 |
19 |
18.4% |
9.7-27.1% |
A法 |
38 |
28 |
0 |
7 |
1 |
10 |
10 |
18.4% |
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B法 |
38 |
32 |
0 |
7 |
3 |
13 |
9 |
18.4% |
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表2. 5-FU、CPT-11単独および併用時のHT-29におけるthymidylate
synthase活性 |
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thymidylate
synthase(pmol/min/mg protein , mean±SD) |
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時間(hr) |
薬剤名 |
0 |
24 |
48 |
72 |
96 |
controls |
2.8±1.6 |
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5-FU |
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0.052±0.047 |
0.048±0.05 |
0.075±0.037 |
0.135±0.061 |
CPT-11 |
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2.91±0.96 |
1.43±0.59 |
1.85±0.28 |
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CPT-11+5-FU(CPT-11先行) |
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2.91±0.96 |
0.057±0.075 |
0.021±0.0068* |
0.033±0.02* |
5-FU+CPT-11(5-FU先行) |
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0.052±0.047 |
0.053±0.038 |
0.046±0.023 |
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5-FU+CPT-11(同時) |
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0.040±0.009 |
0.053±0.031 |
0.062±0.048 |
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5 - FUおよびCPT - 11を各々のIC5 0でヒト結腸癌株HT-29に24時間接触させた。
値は3回の実験結果の平均値±SDを示す。
*:p<0.05(vs. 5 -FU) |
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docetaxel(TXT)
TXTおよびTXL(後述)はともにtaxanと称され、細胞分裂時の微小管に作用する薬剤である。微小管はαおよびβチューブリンの二量体の重合であるが、taxanはチューブリン合成を促進・安定化し、脱重合を抑制することにより細胞分裂を阻害し、抗腫瘍効果を発揮する(図3)。
TXTは2000年4月に胃癌の適応を追加し、奏効率は17.1%(22/129例)である。通常、成人に1日1回、TXT60mg/m2を1時間以上かけて3〜4週間間隔で点滴静注する。1回最高用量は70mg/m2である。最近は副作用軽減の目的で1回投与量を30〜40mg/m2としたweeklyあるいはbiweekly投与が試みられている。
主な副作用は好中球減少、脱毛、食欲不振などで、特異的なものとして本剤含有の添加物であるポリソルベート80が主因となる過敏症がある。また、浮腫や体腔液貯留も特徴的な副作用であるが、本邦では1回投与量が60mg/m2と少ないためあまり問題になることはない。in
vitroでは5-FU、CDDP、etoposideと交差耐性を認めない9)ため、これらの薬剤との併用や2nd lineとしての有用性が検討されている。 |
図3. taxanの作用機序 |
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paclitaxel(TXL)
TXLもtaxanの一種であるが、TXTと異なる特徴はHSR(hypersensitivity reaction)が認められる点である。これはTXL自身による可能性もあるが、TXL製剤含有のcremophor
EL が動物実験でヒスタミンを遊離し過敏反応を起こすことから、cremophor ELがその主因と考えられる。しかし副腎皮質ステロイドや抗ヒスタミン剤の前投与によりHSR
が抑制できるため臨床的に支障はない。
胃癌の適応はTXTより1年遅れて2001年5月に追加し、奏効率は23.4%(25/107例)である。通常、成人に1日1回、TXL 210mg/m2を3時間かけて点滴静注し、少なくとも3週間休薬することになっているが、TXTと同様weeklyあるいはbiweekly投与されることが多く、その1回投与量は70〜80mg/m2が多い。
主な副作用は好中球減少、脱毛、食欲不振、末梢神経障害や筋肉痛などである。TXTと同様、他剤との交差耐性がないので、併用や2nd lineとしての有用性が検討されている。
TS-1
TS-1は5-FUのprodrugであるtegafur(FT)にgimeracil(CDHP)とoteracil potassium(Oxo)の2つのmodulatorをモル比1:0.4:1で配合した経口抗悪性腫瘍剤である(図4)。
すなわちFTから代謝された5-FUの分解をCDHPによって抑制し、5-FUの血中および腫瘍内濃度を高め、消化管における5-FUのリン酸化をOxoによって抑制し消化器症状の軽減を図った薬剤である。
1999年3月に発売され、奏効率は46.5%(60/129例)で、単剤の奏効率は既存の抗癌剤の中ではかなり高い方である。通常、成人にはTS-1 80mg/m2を朝、夕食後の1日2回、28日間連日経口投与し、その後14日間休薬する。これを1クールとして繰り返す。主な副作用は骨髄抑制、食欲不振、下痢、色素沈着などである。
5-FUを分解するDPD(dihydropyrimidine dehydrogenase)を抑制することにより抗腫瘍効果は飛躍的に向上する。Sobreroら10)はこのDPD阻害作用を有するか否かにより、5-FU系抗癌剤をDIF(DPD
inhibitory fluoropyrimidine)とnon-DIFに分類しており、TS-1はDIFに属する。
現在は進行・再発胃癌を対象にTS-1 vs CDDP+TS-1の比較試験が行われている。また、胃癌術後症例に対して手術単独群とTS-1投与群の2群間でTS-1の術後補助化学療法における有用性を検証する試験が進行中である。 |
図4. TS-1の配合理論 |
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最近の動向について |
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2002および2003年に行われた胃癌学会総会をみると、前述した抗癌剤に関する演題が目立つ。表3に示すように化学療法の延べ演題数は、TS-1やtaxanが多くなってきているが、依然としてCDDPも多い。また抗癌剤の研究は併用療法に関するもの、いわゆる第T/II相試験の結果報告が台頭しており、TS-1をベースにした演題が多くみられる(表4)。
そのほか、1st line、2nd lineといった治療スケジュールを検討したものが多く、投与法の変更による効果の増強やQOLの向上を目的に、今後も併用に関する研究は盛んになると考えられる。またBuyseら11)は、14カ月のoverall
survival(OS)を達成するレジメンでは、20%であった奏効率が40%に向上したとしてもOSは1.7カ月、60%に向上したとしても3.4カ月しか延長しないと報告している。従って生存期間を延長する方法は1st
lineの改善ではなく、適切な時に複数のlineを用いることが肝要であるといえる。つまりコンプライアンスの高い化学療法が好ましいということになる。
一昔前の胃癌化学療法といえばmitomycinC(MMC)や5-FU系薬剤が中心であったが、CDDPの出現によりCDDP+5-FU系併用療法がそれに取って代わった。そして今、TS-1、CPT-11、taxanが承認され、それぞれの併用試験が盛んに行われている。胃癌化学療法の選択肢が広がったことは喜ばしいが、今後はこれら薬剤の治療成績をいかに体系化しコンプライアンスの高い、生存期間の延長に寄与できる治療スケジュールを創造していくかが、われわれ臨床医に課せられた責務と考えられる。 |
表3. 胃癌学会総会における化学療法の延べ演題数 |
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薬剤名 |
2002年 |
2003年 |
TS-1 |
35 |
48 |
TXL |
6 |
48 |
CDDP |
27 |
41 |
TXT |
4 |
17 |
CPT-11 |
4 |
4 |
5-FU |
23 |
14 |
5’-DFUR |
6 |
8 |
UFT |
4 |
5 |
その他 |
18 |
15 |
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表4. 胃癌学会総会における併用化学療法の演題数 |
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レジメン |
2002年 |
2003年 |
TS-1+CDDP |
8 |
14 |
CDDP+CPT-11 |
4 |
6 |
CDDP+TXL |
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5 |
TS-1+TXL |
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5 |
TS-1+TXT |
1 |
4 |
CDDP+5FU |
3 |
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5FU+MTX |
4 |
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■文献 |
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1) |
日本胃癌学会編:胃癌治療ガイドライン医師用. 2001年3月版、
金原出版、p13,2001 |
2) |
Petrelli N,et al.:A prospective randomized trial of 5-fluorouracil
versus 5-fluorouracil and high-dose leucovorin versus 5-fluorouracil and methotrexate
in previously untreated patients with advanced colorectal carcinoma. J.Clin.Oncol.,5(10):1559-1565,1987 |
3) |
Machover D,et al.:Treatment of advanced colorectal and gastric
adenocarcinomas with 5-fluorouracil and high-dose folinic acid. J.Clin.Oncol.,4(5):685-696,1986 |
4) |
O'Connell MJ:A phase III trial of 5-fluorouracil and leucovorin
in the treatment of advanced colorectal cancer. A Mayo Clinic/North Central Cancer
Treatment Group study. Cancer,63:1026-1030,1989 |
5) |
佐々木常雄 他:切除不能、再発胃癌に対する化学療法
消化器外科,21(8):1317-1325,1998 |
6) |
Nakajima T,et al.:Combined intensive chemotherapy and radical
surgery for incurable gastric cancer. Ann.Surg.Oncol.,4(3):203-208,1997 |
7) |
二ツ木浩一 他:再発・進行胃癌に対するCPT-11の後期第2相臨床試験
癌と化学療法,21:1033-1038,1994 |
8) |
Guichard S,et al.:Cellular interactions of 5-fluorouracil and
the camptothecin analogue CPT-11(irinotecan)in a human colorectal carcinoma cell
line. Biochem. Pharmacol.,55(5):667-676,1998 |
9) |
Hill BT,et al.:Differential cytotoxic effects of docetaxel in
a range of mammalian tumor cell lines and certain drug resistant sublines in vitro.
Invest.New Drugs,12(3):169-182,1994 |
10) |
Sobrero A,et al.:New directions in the treatment of colorectal
cancer:a look to the future. Eur.J.Cancer,36(5):559-566,2000 |
11) |
Buyse M,et al.:Relation between tumour response to first-line
chemotherapy and survival in advanced colorectal cancer:a meta-analysis. Lancet,356
(9227):373-378,2000 |
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2003年7月発行 |