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はじめに / Roux-en-Y再建
/ おわりに |
はじめに |
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Roux-en-Y型(以下R-Y)の空腸再建は、胃および胆道系手術後に広く用いられる。本邦の胃癌手術では、胃全摘術後の標準再建法となっているが、最近では幽門側胃切除後においてもR-Yの利点が認識されるようになってきた。逆流性残胃炎と食道炎の観点に注目しながら、R-Yの長短を考えてみたい。
Billroth I法とII法
幽門側胃切除後の再建法としてBillroth I法とII法(以下B-I、B-II)があるが、本邦ではB-Iが圧倒的に多い。B-Iの主な利点は、手技が簡便なこと、食物経路が生理的であること、小腸操作を伴わないこと、などである。
一方、B-IIの主な利点は、縫合不全が少なく安全であること、十二指腸近傍の腫瘍再発でも食物経路が閉塞しないこと、などであり、進行胃癌に対する姑息切除や、高齢者などのハイリスク手術などで主に用いられてきた。しかし、B-IIには十二指腸液の胃内逆流という欠点があり、残胃の発癌を促す可能性も懸念され、本邦では胃切除後の再建法として標準とはなり得なかった。
このように、本邦では「B-Iこそ再建法の王道であり、胃空腸吻合は弱気の姑息法」というイメージがあると思われる(少なくとも10年前までの筆者はそう考えていた)。
Billroth I法後の逆流性残胃炎、食道炎
十二指腸液による逆流性残胃炎、食道炎は、主にB-IIの欠点として注目されてきたが、実際にはB-Iにも高頻度で見られる。B-I後の残胃の内視鏡所見(図1)では、程度の差はあるが十二指腸液の逆流が見られ、残胃粘膜には通常、発赤、浮腫が存在する。注意深く問診すると、逆流症状を訴える患者は多く、特に残胃が小さい場合や術前から食道裂孔ヘルニアがある場合には症状も強い。しかし、これらの所見は「残胃粘膜とはそういうもの、胃切除とはそういうもの」と受け止められ、強い逆流症状も例外的なものと片付けられてきたのではなかろうか。 |
図1. 典型的なBillroth I法再建後の残胃 |
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粘膜の発赤、浮腫、胆汁の逆流が見られる。 |
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コラム1 |
外科医Roux
César Roux(1857-1934)はスイス、ローザンヌの外科医である。Billrothが初めて胃癌に対する胃切除を成功させたのが1881年であり、この時の再建はB-Iであった。次いで1885年にB-II、1888年にそのHofmeister変法が発表されている。Rouxは1897年、40歳の時に胃空腸吻合法の一つとしてR-Y吻合を報告した1)。その後、さまざまな外科医により胃切除後や胆道系手術後に応用されている。 |
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Roux-en-Y再建 |
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Roux-en-Y再建後の残胃
R-Y再建後の残胃の内視鏡所見(図2)は、B-I残胃を見慣れた目にとって新鮮である。胆汁色や発赤、浮腫のない、非常にきれいな粘膜だからである。もちろん逆流性食道炎の所見もなく、胃内の食物残渣の貯留もきわめて稀である。これを見ると、少々面倒でもR-Y
をやってみようという気にさせられる。 |
図2. 典型的なRoux-en-Y再建後の残胃 |
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粘膜の炎症はなく、胆汁の逆流も見られない。 |
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なぜRoux-en-Y再建か
本院では、1995年頃まで、幽門側胃切除例の大半でB-I再建が行われており、R-Yは食道裂孔ヘルニア患者など、ごく一部の症例に限られていた。しかし、高度肥満症例や拡大リンパ節郭清後にB-Iの縫合不全による術死が生じたことから、R-Yの安全性が着目されるようになった。そして前述の「逆流なき残胃所見」の新鮮さ、さらに、心配されたダンピング症候群の発生頻度もB-Iと変わらないことなどが認識され、徐々にR-Yの割合が増加した。2002年には、全幽門側胃切除症例231例中223例(97%)でR-Yが用いられている(表1)。 |
表1. 胃切除症例(国立がんセンター中央病院、2002年) |
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術式 |
症例数 |
幽門側胃切除術 |
231 |
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Roux-en-Y再建
Billroth T再建 |
223
8 |
胃全摘術 |
141 |
幽門温存胃切除術(PPG) |
98 |
噴門側胃切除術 |
23 |
胃局所切除術 |
13 |
残胃全摘術 |
11 |
胃分節切除術 |
6 |
膵頭十二指腸切除術 |
1 |
計 |
524 |
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Roux-en-Yの適応
R-Yの最大の欠点は、術後経過中に十二指腸の観察ができないことである。Vater乳頭部癌の早期発見ができず、総胆管結石発生時や膵疾患に対して内視鏡的乳頭括約筋切開術(EST:endoscopic
sphincterotomy)や内視鏡的逆行性膵胆管造影(ERCP:endoscopic retrograde cholangiopancreatography)などの手技が行えないことになる。
一方、B-Iは残胃に新たな癌が発生して手術が必要となった場合、大変不利である。吻合部が膵頭部や肝左葉と強く癒着し剥離が困難なうえ、進行癌ではこれら周囲臓器へ容易に浸潤する。根治切除のためには超拡大手術が必要となることもある。これに対し、R-Y残胃ではB-I残胃の癌に比べると格段に手術が容易であり、根治性も追及できる。
十二指腸液の胃内逆流が残胃癌の発生を促進するという議論があり、欧米ではR-Y普及の追い風になったが、この因果関係に関する確実な根拠はない。
R-Yは食物が直接空腸に入るためダンピング症候群の発生が懸念されたが、アンケート結果ではB-Iとの差はない2)。また、食物が十二指腸を通過しないため脂肪の吸収障害が起こる可能性がある。しかし、胃全摘術後の臨床研究では十二指腸の食物通過の有無により認識できる差を生じていない3)。 |
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コラム2 |
欧米における幽門側胃切除後の再建法
欧米ではB-Iは殆ど用いられていないようである。国際胃癌学会で各国の外科医に聞いてみたところ、B-II(Polya変法も含む)あるいはR-Yが圧倒的多数を占めた。B-Iが好まれない理由は、縫合不全が起こる、縫合不全が起こると致死率が高い、長期生存者は逆流性食道炎に苦しむ、という答えが返ってきた。日本式のD2手術を採用している「腕自慢」の若手外科医たちも、再建となるとB-Iは行わない4)。
本邦では縫合不全は少なく、起こったとしても術死には至らないため、縫合不全の危険性を恐れるよりも、手技の簡便さや生理的な食物経路などが高く評価される。しかし、欧米の胃癌患者の多くが高齢、肥満であり、循環器系合併症を持ち、食道裂孔ヘルニアを伴っていることを考えると、安全性を第一に考えたくなるのも理解できるというものだ。 |
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コラム3 |
吻合部潰瘍
胃空腸吻合では吻合部潰瘍の発生が懸念される。B-IIでは、アルカリ性の十二指腸液が胃酸を中和するとされるが、これを欠くR-Yではどうであろうか。
胃癌では小弯側リンパ節の転移頻度が高く、これをきちんと郭清することにより、結果として残胃の酸度は低下する。胃の幽門側2/3を切除することにより胃酸分泌領域も減少し、ガストリンを分泌する幽門前庭部もなくなる。すなわち、胃癌に対する幽門側胃切除では、吻合部潰瘍を生じるほどの胃酸の分泌はなくなっていると考えられる。
事実、われわれは若年者を含む1,000人以上にR-Y再建を行ってきたが、吻合部潰瘍は経験していない。 |
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表2に示すようにどの再建法にも一長一短があるため、これが絶対という方法は存在しない。それぞれの長所・短所のどこに重きをおくかで選択すればよい。例えば、絶対に縫合不全を避けたい手術高リスク症例ではR-Yの安全性を、ポリポーシスや胆膵疾患の高リスク症例ではB-Iを行って十二指腸を観察下におけばよい。
われわれはR-Yを標準としているが、これを特に推奨しているわけではない。ただし、表3に示すような状況では、R-Yがよい適応になると考えている。 |
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表2. 幽門側胃切除後再建法の特徴の比較 |
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B-I |
B-II |
R-Y |
手技の簡便さ |
○ |
△ |
× |
十二指腸液逆流による残胃炎、食道炎 |
△ |
× |
○ |
縫合不全の危険性 |
× |
○ |
○ |
食物が十二指腸を通過(脂肪の吸収に有利) |
○ |
× |
× |
術後の十二指腸内の観察 |
○ |
× |
× |
局所再発時の食物経路の確保 |
× |
○ |
○ |
小腸の癒着などのトラブル |
○ |
× |
× |
残胃癌発生時の手術の難易度 |
× |
○ |
○ |
ダンピング症状の発生頻度 |
△ |
△ |
△ |
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○:有利、勝る △:どちらともいえない ×:不利、劣る |
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表3. 幽門側胃切除後Roux-en-Y再建の適応 |
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1 |
残胃が小さい |
2 |
もともと食道裂孔ヘルニアがある |
3 |
十二指腸断端付近の局所再発の可能性がある |
4 |
高リスク患者や高侵襲手術で、絶対に縫合不全を避けたい |
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Roux-en-Y再建の実際(図3)
十二指腸離断にはlinear staplerを用いており、断端は漿膜筋層縫合でカバーしている。幽門側胃切除を行い、B-Iと同様に縫合予定部を準備する。
Treitz靭帯から20cm程度の空腸をlinear staplerを用いて切離する。特に神経の連続性には注意を払っていない。通常、横行結腸間膜を切開して結腸後経路に空腸脚を持ち上げているが、B-IIと違って「輸入脚」は存在しないので、結腸前経路でも問題はない。胃空腸吻合は端側で行う。最近、staplerを用いた縫合も試みている。結腸後経路の場合は、胃空腸吻合部を引き下げて結腸間膜に固定し、吻合部以下の空腸が下腹部で自由に動くようにしている。
Roux脚の長さは古くから議論となっている。胃全摘術後に逆流を防ぐには40〜45cmが必要とされているが、幽門側切除後は30cm程度あれば十分のようである。 |
図3. Roux-en-Y再建 |
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おわりに |
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胃切除後の逆流性残胃炎、食道炎はあまり話題にのぼらないが、実際には多くの患者に存在する。これを防ぐには、R-Yは最も有効な術式である。また、昨今は欧米人なみの高度肥満患者を手術する機会が増えてきたが、こうした患者では手術そのものの難度が高く、再建はなるべく安全に行う必要がある。再建法はB-Iのみではなく、R-Yもオプションとして持っておいて損はないであろう。 |
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コラム4 |
Roux-en-Y症候群
R-Y後には、Roux stasisと呼ばれる特有の食物停滞、腹部症状があるとされる。欧米の報告では、慢性的な腹痛、嘔気、間歇的な嘔吐があり、これら症状の食事による増悪などがRoux-en-Y
syndromeとして約30%もの患者に見られるという。本来、十二指腸に存在する小腸運動のペースメーカーが手術操作によりRoux脚に移動し、これが逆行性の蠕動を生じさせて食物が停滞、逆流することが原因とされている5)。
しかし、非常に不思議なことに、こうした慢性的な症状をわれわれはほとんど経験していない。本邦の報告が胃癌に対する郭清手術であるのに比べ、欧米の報告の多くが潰瘍性病変に対する胃切除を対象にしているため異なる臨床経過をたどっている可能性がある。
いわゆるRoux-en-Y症候群ではないが、われわれがR-Yを常用するようになって経験した特有のトラブルは、術後Roux脚の一過性の通過障害である。食事も順調に始まった後、急に残胃が拡張し、食事が通らなくなる。透視をすると、吻合部は流れるがその後の空腸で通過しないことがわかる(図4)。また、内視鏡所見では、吻合部は問題なく、その後の小腸の一部が浮腫状で通過が悪いことがわかる。このような状態が2〜3週間、長いときは4週間続くのであるが、不思議なことに必ず保存的に軽快する。突然流れがよくなり、あとは順調な経過で、後遺症を残さない。おそらく術後の空腸脚の癒着が原因と考えられる。術後30日以上の入院を要するこのような通過障害は本院では約3%の頻度で経験しているが、もっと頻繁に起こるという施設もある。
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図4. Roux脚の通過障害時の透視像
吻合部は通過するが、その先の空腸で通過しない(図内矢印)。
残胃には胃液が大量に貯留している。 |
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■文献 |
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1) |
Roux C.:De la gastroenterostomie. Rev.Gynecol.Chir.Abdo.,1:67-122,1897
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2) |
笹子三津留 他:幽門側胃切除後の再建術式:BillrothI法は本当にいい再建か
外科,62:867-869,2000 |
3) |
Nakane Y,et al.:A randomized clinical trial of pouch reconstruction
after total gastrectomy for cancer:which is the better technique,Roux-en-Y or
interposition? Hepatogastroenterology,48(39):903-907,2001 |
4) |
McCulloch P.:How I do it:D2 gastrectomy. Eur.J.Surg.Oncol.,28(7):738-743,2002 |
5) |
Le Blanc- Louvry I,et al.:Roux-en-Y limb motility after total
or distal gastrectomy in symptomatic and asymptomatic patients. J.Am.Coll.Surg.,190(4):408-417,2000 |
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2003年11月発行 |