背景と目的
大腸癌肝転移に対して外科切除は唯一の治癒可能な治療であり、適切な症例に行えば5年生存率、10年生存率がそれぞれ40%、30%とされている。これらの症例に対して化学療法が生存に寄与するかが注目されており、EPOC試験では術前術後の化学療法 (FOLFOX4) と切除を併用することで、切除単独に対してPFS (progression-free survival) で8%の上乗せを認めた1)。また、切除不能進行・再発大腸癌では抗EGFR抗体薬のCetuximabを化学療法と組み合わせることで治療成績の向上を認めている。そこで我々は、切除可能な大腸癌肝転移において、化学療法にCetuximabを併用することでPFSのさらなる改善が見られるとの仮説を立てた。
対象と方法
対象は切除可能または切除可能境界の大腸癌肝転移症例とした。肝転移個数には制限を設けず、原発巣の存在は許容した。また、肝外転移のある症例は除外としたが、切除可能な原発巣の局所再発は許容した。症例は、術前12週、術後12週の化学療法に対してCetuximabの併用あり、なしとに無作為化された。化学療法はFOLFOX4、CAPOX、そしてL-OHPによる既治療例はFOLFIRIが選択された。主要評価項目はPFSであり、副次評価項目はOS (overall survival)、術前治療の奏効率、病理学的切除、周術期治療の安全性、QOL、費用有効性解析とした。
試験中にプロトコールの改訂が行われ、2008年7月よりKRAS 野生型の症例 (NRAS、BRAF には制限なし) のみに登録が制限され、2010年7月からはCOIN試験の報告よりCAPOXも登録を行わないこととなった。また、FOLFIRIはすべての症例で許容されることとなった。
計画当初はPFSが15ヵ月から21ヵ月に40%改善すると仮説し、340症例と300イベントが必要と見積もられたが (HR=0.714)、2012年7月に設定を改訂し、CRYSTAL試験の結果をもとに268のKRAS 野生型症例と212イベントに改訂した (HR=0.68)。また、無益性解析についてもプロトコールで規定した。
結果
2012年11月、272例登録時点で、データモニタリング委員会、倫理委員会、運営委員会は試験の中止を勧告した。今回の解析は2012年11月1日時点で行われ、解析時点では必要なイベント数212のうち123イベントしか起こっていなかった。
化学療法群に134例、Cetuximab併用群に137例が割り付けられ、背景因子には大きな偏りを認めなかった。選択された化学療法はFOLFOX4が最も多く (化学療法群 67.2%、Cetuximab併用群67.2%)、続いてCAPOX (化学療法群 22.4%、Cetuximab併用群19.7%) 、FOLFIRI (化学療法群8.2%、Cetuximab併用群10.9%) であった。術前治療の完遂率は化学療法群73.9%、Cetuximab併用群75.9%であり、術後治療の完遂率はそれぞれ45.2%、49.0%であった。
化学療法の奏効は、CRが化学療法群5.2%、Cetuximab併用群5.1%と同等だったが、PRはそれぞれ48.5%、53.3%と、Cetuximab併用群で良好な傾向であった。Grade 3以上の皮疹は術前が化学療法群1.5%、Cetuximab併用群15.3%、術後がそれぞれ0%、7.7%と、術前・術後ともにCetuximab併用群で頻度が高かったが、化学療法全体ではgrade 3以上の毒性が術前で化学療法群40.3%、Cetuximab併用群46.7%、術後はそれぞれ21.2%、27.9%と大きな差を認めなかった。また、手術可能と判断された症例のうち手術が行われた症例は、化学療法群89.7%、Cetuximab併用群が86.7%と差がなく、病理学的所見にも大きな差を認めなかった。
主要評価項目であるPFSは、中央値で化学療法群20.5ヵ月、Cetuximab併用群14.1ヵ月であり (HR=1.49, 95% CI: 1.04-2.12, p=0.030) 、Cetuximab併用群が有意に劣っていた。
OSは追跡が不十分であるが、中央値で化学療法群は未到達、Cetuximab併用群39.1ヵ月であった (HR=1.48, 95% CI: 0.85-2.58, p=0.163)。
Forest plotでは大部分の項目が化学療法群で良好であったが、生検が低分化の症例、化学療法にFOLFIRIを選択した症例は、Cetuximab併用群で良好な傾向であった。また、化学療法にFOLFOXを選択した症例、術前化学療法でCR/PRを得られた症例のみで解析を行っても、PFSはCetuximab併用群で不良な傾向にあった。
結論
切除可能および切除可能境界の大腸癌肝転移症例に対する化学療法とCetuximabの併用は、臨床試験以外で行うことは否定された。本試験ではKRAS 野生型のみの症例選択ではCetuximabの上乗せ効果を示すことができなかった。この結果を招いた薬剤の相互作用、およびCetuximabによる上乗せ効果が得られる症例の選択には、さらなるtranslationalな研究が必要である。
コメント
切除可能な大腸癌肝転移に対する周術期化学療法に関しては未だ明確なstrategyが確立されていない。EPOC試験では、周術期のFOLFOX療法によりPFSの延長は認められたが、OSの改善は得られず、化学療法による肝障害などの問題を考えると手放しで推奨されるべき治療法とは言えない。そこで、今回のCetuximabを併用したnew EPOC試験に大きな期待が寄せられていたが、結果は残念なものであった。抗EGFR抗体薬とL-OHPの相性が良くない可能性があること、術後補助化学療法において分子標的治療薬の上乗せ効果が確認されていないことなどが、今回の結果に関連しているのかもしれない。現在、Bevacizumabとの併用による同様の試験も進行中なので、術前補助化学療法の意義に関してはその結果を待ちたい。我が国ではJCOGで肝切除術後補助化学療法の臨床試験も進行中なので、術前か術後かの議論はしばらくの間pendingとなるものと思われる。
(レポート:坂東 英明 監修・コメント:寺島 雅典)
1) Nordlinger B, et al.: Lancet. 371 (9617), 1007-1016, 2008 [PubMed]