背景と目的
KRAS 野生型 [exon 2 (codon 12, 13)] の切除不能進行・再発大腸癌に対して、CRYSTAL試験では奏効率 [odds ratio (OR) =2.07]、PFS (HR=0.70)、OS (HR=0.80) についてFOLFIRI療法へのCetuximabの上乗せ効果が示された1)。同様に、OPUS試験では奏効率 (OR=2.55)、PFS (HR=0.57)でFOLFOX4療法へのCetuximabの上乗せ効果が示されている2)。今回、CRYSTAL試験/OPUS試験における拡大RAS 解析を行い、Cetuximabの上乗せ効果について探索的な検討を行った。
対象と方法
CRYSTAL試験/OPUS試験に登録された症例のうち遺伝子変異解析が可能な症例について、BEAMing法を用いてKRAS exon 3 (codon 59, 61)、4 (codon 117, 146)、NRAS exon 2 (codon 12, 13)、3 (codon 59, 61)、4 (codon 117, 146) 変異を測定し (カットオフ値は全シークエンスの5%以上)、変異別の治療効果を探索的に検証した。
- BEAMing法
- PCRにより標的遺伝子を含む遺伝子フラグメントを磁性ビーズ上で増幅させる。
- 標識された蛍光プローブをビーズに共有結合した相補的標的DNAにハイブリダイズさせ、フローサイトメトリー技術を用いて変異解析を行う。
結果
#3506: CRYSTAL試験
KRAS 野生型 [exon 2 (codon 12, 13)] 666例のうち430例 (65%) がRAS 解析の対象となり、そのうちother RAS 変異 [KRAS exon 2 (codon 12, 13) 以外の変異] を63例 (14.7%) で認めた。各変異は、KRAS exon 3(codon 59, 61): 3.3%、exon 4(codon 117, 146): 5.6%、NRAS exon 2(codon 12, 13): 3.5%、exon 3(codon 59, 61): 2.8%、exon 4(codon 117, 146): 0.9%であった。
KRAS 野生型とRAS解析の患者背景に違いはなく、治療効果も概ね同じであった。なおRAS status別の有効性は以下のとおりである(FOLFIRI + Cetuximab群 vs. FOLFIRI群)。
- KRAS 野生型:KRAS exon 2(codon 12, 13)野生型
PFS :9.9 vs. 8.4ヵ月(HR=0.70, 95% CI: 0.56-0.87, p=0.0012)
OS :23.5 vs. 20.0ヵ月(HR=0.80, 95% CI: 0.67-0.95, p=0.0093)
奏効率 :57.3 vs. 39.7%(OR=2.07, 95% CI: 1.52-2.83, p<0.0001)
- RAS 解析例:RAS 解析が可能だった症例
PFS :11.3 vs. 7.7ヵ月(HR=0.58, 95% CI: 0.44-0.77, p=0.0001)
OS :26.1 vs. 20.2ヵ月(HR=0.75, 95% CI: 0.60-0.93, p=0.0080)
奏効率 :61.4 vs. 38.2%(OR=2.64, 95% CI: 1.78-3.92, p<0.0001)
- RAS 野生型:KRAS exon 2(codon 12, 13)を含むすべてのRAS 野生型
PFS :11.4 vs. 8.4ヵ月(HR=0.56, 95% CI: 0.41-0.76, p=0.0002)
OS :28.4 vs. 20.2ヵ月(HR=0.69, 95% CI: 0.54-0.88, p=0.0024)
奏効率 :66.3 vs. 38.6%(OR=3.11, 95% CI: 2.03-4.78, p<0.0001)
- RAS 変異型:KRAS exon 2(codon 12, 13)または他のRAS のいずれかが変異
PFS :7.4 vs. 7.5ヵ月(HR=1.10, 95% CI: 0.85-1.42, p=0.47)
OS :16.4 vs. 17.7ヵ月(HR=1.05, 95% CI: 0.86-1.28, p=0.64)
奏効率 :31.7 vs. 36.0%(OR=0.85, 95% CI: 0.58-1.25, p=0.40)
- other RAS 変異型:KRAS exon 2(codon 12, 13)野生型で他のRAS のいずれかが変異
PFS :7.2 vs. 6.9ヵ月(HR=0.81, 95% CI: 0.39-1.67, p=0.56)
OS :18.2 vs. 20.7ヵ月(HR=1.22, 95% CI: 0.69-2.16, p=0.50)
奏効率 :34.4 vs. 35.5%(OR=1.02, 95% CI: 0.33-3.15, p=0.97)
RAS 野生型では、すべての評価項目でRAS 解析例よりもCetuximabの上乗せ効果が強くなる傾向を認めたが、RAS 変異型およびother RAS 変異型では上乗せ効果は認めなかった。
なお、grade 3以上の有害事象は、KRAS 野生型とRAS 野生型、RAS 変異型に明らかな違いは認めなかった。
#3505: OPUS試験
KRAS 野生型179例のうち118例がRAS 解析の対象となり、そのうちother RAS 変異を31例(26.3%)で認めた。各変異は、KRAS exon 3(codon 59, 61): 5.9%、exon 4(codon 117, 146): 9.3%、NRAS exon 2(codon 12, 13): 6.8%、exon 3(codon 59, 61): 5.1%、exon 4(codon 117, 146): 0.8%であった。
KRAS 野生型とRAS 解析の患者背景、治療効果は、ほぼ同じであった。なおRAS status別の有効性は以下のとおりである(FOLFOX + Cetuximab群 vs. FOLFOX群)。
- KRAS 野生型:KRAS exon 2(codon 12, 13)野生型
PFS :8.3 vs. 7.2ヵ月(HR=0.57, 95% CI: 0.38-0.86, p=0.0064)
OS :22.8 vs. 18.5ヵ月(HR=0.86, 95% CI: 0.60-1.22, p=0.39)
奏効率 :57.3 vs. 34.0%(OR=2.55, 95% CI: 1.38-4.72, p=0.0027)
- RAS 解析例:RAS 解析が可能だった症例
PFS :8.3 vs. 6.9ヵ月(HR=0.65, 95% CI: 0.38-1.09, p=0.1003)
OS :19.5 vs. 17.8ヵ月(HR=1.01, 95% CI: 0.66-1.57, p=0.95)
奏効率 :56.6 vs. 32.3%(OR=2.74, 95% CI: 1.29-5.82, p=0.0086)
- RAS 野生型:KRAS exon 2(codon 12, 13)を含むすべてのRAS 野生型
PFS :12.0 vs. 5.8ヵ月(HR=0.53, 95% CI: 0.27-1.04, p=0.0615)
OS :19.8 vs. 17.8ヵ月(HR=0.94, 95% CI: 0.56-1.56, p=0.80)
奏効率 :57.9 vs. 28.6%(OR=3.33, 95% CI: 1.36-8.17, p=0.0084)
- RAS 変異型:KRAS exon 2(codon 12, 13)または他のRAS のいずれかが変異
PFS :5.6 vs. 7.8ヵ月(HR=1.54, 95% CI: 1.04-2.29, p=0.0309)
OS :13.5 vs. 17.8ヵ月(HR=1.29, 95% CI: 0.91-1.84, p=0.1573)
奏効率 :37.0 vs. 50.7%(OR=0.58, 95% CI: 0.31-1.08, p=0.0865)
- other RAS 変異型:KRAS exon 2(codon 12, 13)野生型で他のRAS のいずれかが変異
PFS :7.5 vs. 7.4ヵ月(HR=0.77, 95% CI: 0.28-2.08, p=0.60)
OS :18.4 vs. 17.8ヵ月(HR=1.09, 95% CI: 0.44-2.68, p=0.86)
奏効率 :53.3 vs. 43.8%(OR=1.50, 95% CI: 0.34-6.53, p=0.59)
RAS 解析のうち87例がRAS 野生型であり、RAS 解析例よりもすべての評価項目でCetuximabの上乗せ効果が強くなる傾向を認めた。
なお、CRYSTAL試験と同様に、有害事象においてRAS 野生型、RAS 変異型に明らかな違いは認めなかった。
結論
CRYSTAL試験とOPUS試験の探索的な拡大RAS 解析により、RAS 野生型切除不能進行・再発大腸癌に対してFOLFIRI + Cetuximab療法またはFOLFOX4 + Cetuximab療法を行う有用性が示された。2つの試験において、KRAS 野生型からother RAS 変異型例を除外することによりCetuximabの上乗せ効果がより強くなる傾向が確認された。また、RAS 変異型においてもCetuximabのFOLFOX療法へのnegative effectがみられた。これら2つの解析は、NRAS 変異の同定を含めた拡大RAS 解析がCetuximab使用症例の個別化に有用であることを支持する結果であった。
コメント
今や進行大腸癌の臨床試験は、RAS 解析の話題ばかりである。本解析もCRYSTAL試験、OPUS試験という名だたる古い臨床試験について、拡大RAS 解析の切り口から再検討した報告である。
上述の如くであるが、CRYSTAL試験では従来のKRAS codon 12,13野生型におけるCetuximabの上乗せ効果は、中央値でPFS 1.5ヵ月、OS 3.5ヵ月であり、HRは各0.7、0.80であったが、拡大RAS 解析によりPFS 3ヵ月、OS 8.2ヵ月、HRは各0.56、0.69と、Cetuximabの上乗せ効果が確実にみられている。OPUS試験でも同様の上乗せがみられるが、RAS 変異型ではHRがPFS 1.54、OS 1.29とdetrimentalな効果を認めた。
新しい知見により、従来のKRAS 野生型のなかに20%前後のその他の変異型が存在し、その群を見出し省いて治療すれば患者に最大限の効果をもたらすが、見出せなければ、その群には効果がないどころか、生存期間を減じてしまう危険性さえある。今回の報告では、両試験ともBEAMing法という感度の高い検査にて、その他のRAS 変異を検出したが、これは未だ一般臨床には用いられておらず、実際にはその20%前後の変異型の患者さんにも、抗EGFR抗体薬が投与されているという現実が目の前にある。最近の抗体薬治療の開発にはコンパニオン診断がつきものであるが、臨床試験の結果がすぐに明らかにされる一方で、実臨床に生かすまでには時間差がある。この時間差をなくすべく、臨床試験を迅速に進め、正確な情報とコンパニオン診断を世に出せるよう尽力する必要がある。
(レポート:砂川 優 監修・コメント:小松 嘉人)
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