2011年 消化器癌シンポジウム 演題速報レポート 消化器癌治療の広場

2011年 消化器癌シンポジウム

演題レポート Presentations

Abstract #407/448
切除不能進行再発大腸癌患者に対するCetuximab療法におけるKRAS p.G13D変異*の意義

*KRAS p.G13D変異: 腫瘍のKRAS 遺伝子 codon 13領域の変異のうち、グリシン (Glycine: G) がアスパラギン酸 (Aspartate: D) に置換されたものを指す。


 2008年、CRYSTAL試験およびOPUS試験の追加解析により、腫瘍のKRAS 遺伝子のcodon 12/13領域の変異を有する患者では、Cetuximabの治療効果が得られないことが報告された1-2)。その後、複数の抗EGFR抗体薬の臨床試験においても同様の結果が得られたことから、抗EGFR抗体薬はKRAS 野生型にのみ使用が推奨されるようになったが、KRAS 変異型患者の一部の症例で治療効果が得られるとの報告も散見された。
 そうしたなかで、2010年に既治療の切除不能大腸癌患者におけるCetuximabの臨床試験のプール解析が報告され、KRAS p.G13D変異を有する患者におけるCetuximabによる全生存期間 (overall survival: OS) および無増悪生存期間 (progression-free survival: PFS) の延長を示唆する結果が示された3)。本レポートでは、日本人の切除不能大腸癌患者におけるKRAS p.G13D変異に関する検討2報を取り上げる。

現段階でKRAS p.G13D変異症例をどのように取り扱うべきか?

室 圭 先生

 2010年末、JAMAから非常にショッキングな論文が公表された (De Roock W, et al.: JAMA. 304 (16): 1812-1820, 2010) 3)。詳細は割愛するが、抗EGFR抗体薬のbenefitがないと理解されていたKRAS 遺伝子変異例でも、codon 13変異型では生存期間の延長に寄与する可能性を示唆する結果が得られたとする内容であった。ただ、JAMA論文では、より雑多なpopulationの解析でCetuximabのbenefit (OSの延長) が顕著であったが、条件を絞った特定のpopulation (NCIC CTG CO.17試験のみに限定) の解析では、そのbenefitはごくわずかであった。このことからも、結果の解釈には十分留意する必要がある。

 下記の2報はこのJAMA論文に着目して、日本人のKRAS 変異に関する大規模横断観察研究からの解析、およびレトロスペクティブなKRAS 変異例でのCetuximab投与の有効性に関するレポートである。

 #407では、KRAS p.G13D変異型は、年齢に関係なく一定の比率で認められ (他の変異では年齢とともに増加)、女性、原発巣の部位として右側結腸癌に多い傾向を認めた。このような臨床的なバックグラウンドの状況 (あるいはこのような臨床像を呈する腫瘍の病理学的・分子生物学的・遺伝子学的背景) とCetuximab感受性との関係は今のところ不明であるが、非常に興味深い結果である。今後の基礎的研究が待たれる。

 #448は、日本の数施設の少数例のレトロスペクティブな検討ではあるが、KRAS p.G13D変異型におけるCetuximabのbenefitを示唆するものであり、JAMA論文の結論を支持する内容である。非常に興味を駆り立てられる結果である。ただ、極めて少ない症例数での検討であり、confirmativeな結論は到底無理である。いずれにせよ、何らかの前向き臨床試験で検討する必要があると考えるが、非常にニッチな対象であり、KRAS p.G13D変異型に対する抗EGFR抗体薬の有用性を検証する試験デザインは非常に難しいのも事実である。

 #630のTejparらの報告4) は、発表内容を期待していただけに、実際poster発表されなかったのは非常に残念であった。抄録によれば、一次治療として行われたCRYSTAL試験やOPUS試験の検討において、KRAS p.G13D変異型のCetuximabによるPFS、OSの延長は認められなかったという結果であった。Withdrawした理由はわからない上、実際の発表がなかったので詳細は不明であるが、一次治療においては変異の部位は関係ないのかもしれない。今年の米国臨床腫瘍学会年次集会本会で報告されると聞いているので、注目したい。

 以上のような状況で、KRAS p.G13D変異型の抗EGFR抗体薬の投与に関して、まだまだ十分なエビデンスが得られているわけでもコンセンサスが得られているわけでもない。いずれにせよ、現段階の実臨床においては、KRAS 変異例は部位によらず抗EGFR抗体薬を投与すべきでない、という現在の世界のコンセンサスを踏襲すべきであろう。


Abstract #407
切除不能進行再発大腸癌患者におけるKRAS 野生型およびKRAS codon 12変異型、codon 13変異型の臨床病理学的特徴: the Japan study group of KRAS mutation in colorectal cancerによる多施設共同横断観察研究

Clinipathological features in metastatic colorectal cancer patients with KRAS wild type versus codon 12 and codon 13 mutant: Results from a multicenter, cross-sectional study by the Japan Study Group of KRAS Mutation in Colorectal Cancer

Takayuki Yoshino, et al.  
 
背景と目的

 本研究は、日本人の切除不能進行再発大腸癌患者を対象にした大規模多施設共同横断観察研究である (ESMO 2010, 595P)。今回は、本研究登録症例におけるKRAS codon 12変異型およびcodon 13変異型の臨床病理学的特徴の検討、さらにKRAS p.G13D変異型とKRAS 野生型、他のKRAS 変異型との比較・検討を行った。

対象と方法

 登録症例5,887例のうち、KRAS 解析が可能であった5,732例を対象とした。詳細は既報の通りである。

結果

 KRAS codon 12変異型およびcodon 13変異型においては、性別および年齢、原発巣の部位に差はなく、臨床病理学的特徴は類似していた。
 KRAS p.G13D変異型は7.3% (420例) 、その他の変異型は37.6% (2,155例)、野生型は62.4% (3,577例) であった。KRAS p.G13D変異型と他群の比較を表1、2に示す。

表 ロジスティック回帰分析: KRAS野生型 vs. KRASp. G13D変異型/ロジスティック回帰分析: KRASp. G13D変異型 vs. その他のKRAS変異型

 KRAS p.G13D変異型は、KRAS 野生型およびその他の変異型に比較して、女性が高率であり、またp.G13D変異型は年齢に関係なく一定の比率で認められたが、その他のKRAS 変異型は年齢とともに増加し、野生型は年齢と共に減少した。
 原発部位では、KRAS p.G13D変異型は右側結腸に多く認められた。また、他の転移部位と比較して、肺転移が高い傾向にあった。

結論

 以上より、KRAS p.G13D変異型は、その他のKRAS 変異型とは異なる特徴をもつ腫瘍である可能性が示唆された。現在、KRAS 変異型は同一のものと考えられているが、本研究の結果は、KRAS 変異型が異なる特徴を有する腫瘍の集合体である可能性を示唆するものである。

Abstract #448
KRAS p.G13D変異を有する切除不能大腸癌患者におけるCetuximabの臨床効果の検討

Clinical outcome in patients with metastatic colorectal cancer harboring p.G13D KRAS mutation treated with Cetuximab

Hideaki Bando, et al.  
 
対象と方法

 化学療法 (5-FU, Oxaliplatin, Irinotecan) 抵抗性を示し、Cetuximab + Irinotecan療法を施行された日本人の切除不能大腸癌患者を対象に、KRAS 野生型、KRAS p.G13D変異型およびその他のKRAS 変異型によるCetuximabの有効性を比較した。
 KRAS status毎に、奏効率 (response rate: RR) およびPFS、OSをレトロスペクティブに評価した。

結果

 国内9施設より94例のデータが集積され、そのうち93例でKRAS の評価が可能であった。7例 (7.5%) がKRAS p.G13D変異型であり、その他のKRAS 変異型が23例 (24.7%)、KRAS 野生型は63例 (67.7%) であった。
 KRAS status毎の有効性を下表に示す。

表1 有効性

 KRAS p.G13D変異型およびその他のKRAS 変異型の間に統計学的な有意差はみられなかったが、KRAS p.G13D変異型患者では、その他のKRAS 変異型患者に比べ、Cetuximabによるclinical benefitが得られる傾向にあった。

結論

 KRAS p.G13D変異型を有する日本人の切除不能大腸癌患者においては、Cetuximabの投与によって治療上のbenefitが得られる可能性がある。ただし、本研究はレトロスペクティブでかつ少数例の検討であることから、結果の解釈には慎重を期する必要があり、さらなる検討が必要である。

Reference
1) Van Cutsem E, et al.: 2008 Annual Meeting of the American Society of Clinical Oncology®: abstract #LBA2 [学会レポート
2) Bokemeyer C, et al.: 2008 Annual Meeting of the American Society of Clinical Oncology®: abstract #4000
3) De Roock W, et al.: JAMA. 304 (16): 1812-1820, 2010 [PubMed][論文紹介
4) Tejpar S, et al.: 2011 Gastrointestinal Cancers Symposium: abstract #630