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進行癌患者の治療意思決定の支援:化学療法を考慮する切除不能な大腸癌患者の意思決定の支援ツールに関する無作為化試験

Supporting treatment decision making in advanced cancer: a randomized trial of a decision aid for patients with advanced colorectal cancer considering chemotherapy.
Leighl NB, Shepherd HL, Butow PN, Clarke SJ, McJannett M, Beale PJ, Wilcken NR, Moore MJ, Chen EX, Goldstein D, Horvath L, Knox JJ, Krzyzanowska M, Oza AM, Feld R, Hedley D, Xu W, Tattersall MHN.
J Clin Oncol. 2011; 29(15): 2077-2084.

背景癌患者の多くは癌の診断や予後、そして治療選択肢に関して詳細な情報を求めており、自らも治療方針の決定に関与したいと望んでいる。その一方で、癌診療に関する情報がインターネットのような手段で入手可能となっている現代では、多くの患者が誤った理解へと誘導され混乱を生じている。そのため、このような情報過多な環境や主治医とのコミュニケーション不足が原因となって患者が正しい情報を十分に理解・納得できないと、治療方針の決定に関して葛藤が生じ、適切な判断を下すことが困難となる。
 こうしたなか、治療における意思決定の判断支援(decision aid:DA)を行うことで、患者はより良い理解が可能となり、また、決定に際しての葛藤が回避され、しかも決定に関与する患者が増加することが証明されている。癌領域においては、早期例はもとより進行例に対しても有用なDAツールが開発されており、たとえば既治療の切除不能な大腸癌患者においてDAが広く受け入れられ、患者の不安を増大させることなく理解を顕著に高めることが示されている。
 そこで今回、1st-line化学療法の適応と考えられる遠隔転移を有する大腸癌患者のために開発したDAツールの有用性について、無作為化試験デザインのもと検証することとした。
対象と方法遠隔転移を有する切除不能な大腸癌のため、1st-line化学療法の施行を考慮している18歳以上でECOG performance status(PS)3以下の患者207例を、腫瘍専門医の診療相談に加え腫瘍専門医による音声解説付きの持ち帰り小冊子によって指導を受ける群(DA群)または腫瘍専門医の診療相談のみを受ける群(標準群)に無作為に割り付けた。なお、補助化学療法以外の大腸癌に対する化学療法の既往のある患者および、認知症、重篤な合併症や極度の不安を訴える患者は除外例とした。
 診療相談直前および直後、ならびに治療方針決定後(または初回相談時に定めた次回受診時)および方針決定4週後の各時点における患者の理解、治療方針の意思決定、意思決定における葛藤、決定に際しての満足度、不安などに及ぼす影響を評価し比較した。
結果DA群、標準群にそれぞれ107例および100例が割り付けられた。年齢中央値はそれぞれ61歳および62.5歳、男性の割合は54%および62%、ECOG PS 0〜1が89%および88%、術後補助化学療法施行例は38%および34%を占めた。
 診療相談直後における患者の理解に群間差は認められなかったが、診療相談後1〜2週時において患者の理解は両群ともに増大し、DA群で標準群と比較し有意な増大が認められた(+16% vs +5%、p<0.001)。DA群で患者の理解が有意に増大した項目は、「治療は治癒目的でない」(+28% vs +13%、p<0.001)ことで、また、「支持療法単独施行による予後」および「化学療法施行による予後」に関する理解についてもより高まっていることが確認された。その一方で、化学療法による重篤な毒性のリスクの理解に関しては、相談直後より相談後1〜2週時において両群ともに低下した。
 治療方針の意思決定における葛藤および満足度は両群で同等となり、葛藤の程度がより低い患者ほど診療相談および意思決定に有意に満足することが示された(ともにp<0.001)。なお、葛藤の程度はDAツールの使用、患者の年齢、性別および不安の程度とは無関係であった。また、不安は両群において同等で、経過とともに徐々に減少した。
 大多数の患者が化学療法を選択し(DA群77%、標準群71%)、また、支持療法単独や無治療経過観察を選択した患者にも群間差はみられなかった。なお、化学療法の選択に関係する項目は、患者がより良い理解を示していること(p=0.002)、診療相談直後であること(p<0.001)、年齢が60歳以下であること(p=0.03)であった。
 両群とも68%の患者があらゆる情報の入手を望んでおり、実際にDA群の72%、標準群の63%が詳細な情報を受け取ったと感じていた。また、誰が意思決定をすべきかとの質問に、患者の41%は主治医とともに決定したいと考え、実際に39%がそれを実現した。なお、こうした所見に群間差は認められなかった。
結論遠隔転移を有する切除不能な大腸癌におけるDAツールの使用は、患者の不安を増大させることなく、治療選択肢、予後、リスクおよび有益性についての理解を向上させることが確認された。すなわち、DAツールはこうした患者でのインフォームド・コンセントの充実をもたらす可能性が示唆されることから、今後、さらなる試験による検証・解明が課題と考えられる。

監訳者コメント

 現在、癌診療において、患者本人の意思による診療方針の決定が重要視されている。これは癌診療のあらゆる局面においてあてはまるが、特に、切除不能の進行癌における化学療法を含めた治療方針の決定に際しては極めて日常的な重要課題でもある。
 現在、切除不能進行大腸癌の治療成績は、全身化学療法や肝・肺転移に対する外科的切除などの進歩により格段に良くなっている。同時に、複雑化した化学療法を含めて多くの選択肢を患者に適切に説明して、患者の十分な理解のもとに患者の希望に沿った治療方針を選択・決定するプロセスの重要性は増している。診療担当医の限られた時間の中でそれを如何に効率よく実践するかは大きな臨床課題となっている。その中で、患者の意思決定をサポートするいくつかの判断支援ツールが開発され試用されているが、本論文では、その支援ツールの使用の有用性を無作為割り付けの臨床試験で検証したものである。
 結果としては、診療相談1〜2週時における「治療が治癒目的でないこと」の理解の向上など部分的な効果を示すに留まっているが、今後、このような判断支援ツールの開発・評価および臨床現場での実践は癌診療の分野では必要不可欠であろう。

監訳・コメント:兵庫医科大学 冨田 尚裕(下部消化管外科・主任教授)

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