論文紹介 | 毎月、世界的に権威あるジャーナルから、消化器癌のトピックスとなる文献を選択し、その要約とご監訳いただいたドクターのコメントを掲載しています。

3月
2012年

監修:名古屋大学大学院 医学系研究科 坂本純一(社会生命科学・教授)

遺伝性大腸癌キャリアにおける癌のリスクに対するアスピリンの長期効果:無作為化比較試験CAPP2の解析

Bum J. et al., Lancet, 2011; 378: 2081-2087

 アスピリンの定期的な投与による大腸癌リスクの低下は複数の観察試験で報告されており、腺腫のリスク低下は無作為化比較試験で示されているが、大腸癌予防を主要評価項目とした試験はない。CAPP2試験はミスマッチ修復(MMR)遺伝子変異を有するLynch症候群(遺伝性非ポリポーシス大腸癌;HNPCC)キャリアを対象として、アスピリンと難消化性澱粉の抗腫瘍効果を評価した二重盲検試験であるが、平均29ヵ月の介入ではいずれも大腸癌発生に対する影響に関してのエビデンスは得られなかった。アスピリンの効果は長期投与によってのみ認められるというケースコントロールおよびコホート試験のエビデンスから、CAPP2試験では10年以上の追跡を行った。本稿ではその結果を示す。
 1999年1月〜2005年3月に、Lynch症候群キャリア937例中861例をアスピリン600 mg/day投与群(A群、427例)およびプラセボ投与群(P群、434例)に無作為に割り付けた。76例には難消化性澱粉またはそのプラセボを投与したが、本解析にはこの76例は含まれない。
 主要評価項目は大腸癌の発生、副次評価項目は大腸腺腫または他のLynch症候群関連癌の発生またはその双方の発生とした。介入期間と追跡期間両方のデータは671例(A群342例、P群329例)で揃っており、190例(A群85例、P群105例)は介入期間のみのデータについて解析した。
 平均介入期間はA群25.0ヵ月、P群25.4ヵ月であった。平均追跡期間55.7ヵ月で、A群18例、P群30例に大腸癌が発生した。この48例中追跡期間のデータがあったのは40例(A群13例、P群27例)で、8例(A群5例、P群3例)については介入期間中のデータしかなかった。無作為化以降の全期間における大腸癌発生のHR(ITT解析)は0.63(95%CI 0.35-1.13)で、A群で予防効果が優れている傾向があったが有意差は認められなかった(p=0.12)。
 しかし、大腸癌が発生した48例中5例では2つの原発癌が発生しており(A群1例、P群4例)、この多発性原発癌を考慮したPoisson回帰解析ではP群に対するA群の罹患率比(IRR)は0.56(95%CI 0.32-0.99)で、アスピリンの大腸癌予防効果が示された(p=0.05)。
 次にアスピリンあるいはプラセボを2年以上投与した508例(A群258例、P群250例)についてper-protocol解析を行ったところ、A群のP群に対するHRは0.41(95%CI 0.19-0.86、p=0.02)、IRRは0.37(0.18-0.78、p=0.008)と、ここでもアスピリンの大腸癌予防効果が明らかになった。
 結果に対するコンプライアンス効果をper-protocol解析でみると、2年以上のアスピリン投与例の大腸癌発生率は0.06/100人年、2年未満の投与例は0.13/100人年であったのに対し、プラセボでは2年以上投与例と2年未満投与例とで発生率に有意差はなかった(0.14/100人年 vs. 0.10/100人年)。
 大腸癌以外のLynch症候群関連癌はA群16例、P群22例でみられた。A群のP群に対するHRは0.63(95%CI 0.34-1.19、p=0.16)、IRRは0.63(0.34-1.16、p=0.14)で有意差は認められず、2年以上のアスピリン投与例に関するper-protocol解析でもHR 0.47(p=0.07)、IRR 0.49(p=0.07)で有意差は認められなかった。
 大腸癌も含めたすべてのLynch症候群の癌についてA群とP群を比較すると、ITT解析ではHR 0.65(0.42-1.00、p=0.05)、IRR 0.59(0.39-0.90、p=0.01)、per-protocol解析ではHR 0.45(0.26-0.79、p=0.005)、IRR 0.42(0.25-0.72、p=0.001)でアスピリンの癌予防効果を支持する結果であった。
 またアスピリンの累積投与量に基づきCox比例ハザードモデル解析を行ったところ、Lynch症候群の癌全体(p=0.007)および大腸癌以外のLynch症候群関連癌(p=0.03)に有意な用量依存性の効果が認められたが、大腸癌では有意差は認められなかった(p=0.06)。これをPoisson回帰解析に当てはめると有意差が認められた(それぞれp=0.002、p=0.003、p=0.03)。
 なお、介入期間後の有害事象に関するデータはないが、介入期間中はA群P群で有害事象に差は認められなかった。
 本試験は癌の発生率を主要評価項目としてアスピリンの癌予防効果を評価したはじめての二重盲検無作為化比較試験であるが、以上のように、1日600 mgのアスピリンを平均25ヵ月間投与することによりLynch症候群キャリアの大腸癌発生リスクが55.7ヵ月後には有意に低下するという結果が得られた。これは、アスピリンの定期的な投与が大腸癌予防につながるという他の試験結果とも一致しており、アスピリンの予防的投与がLynch症候群の標準療法として推奨されるべきであろう。アスピリンの至適用量および投与期間はCAPP3試験によって確立されるものと考える。

監訳者コメント

まずはしっかりとしたサーベイランスと診断から

 Lynch症候群は遺伝性大腸癌のひとつであり、DNA MMR遺伝子に変異を生じる事により大腸癌の発症リスクが高まるほかに、子宮内膜、卵巣、胃、小腸、肝胆道、上部尿路、脳、皮膚などの癌発症リスクが高まることも知られている。
 本試験はアスピリンによる大腸癌のchemoprevention効果を主要評価項目においた世界初の二重盲検試験である。著者らは観察期間が平均29ヵ月の時点において、アスピリンは大腸癌発症の頻度を低下させないと報告したが(N Engl J Med. 2008; 359: 2567-78)、今回平均観察期間を55.7ヵ月まで追跡することによりアスピリンが大腸癌の発生を抑制することが示された。
 Lynch症候群は全大腸癌の2-5%といわれており、本邦でも大腸癌患者総数が増加していることから潜在する患者数は多いと考えられるが、家族歴の詳細な聴取が十分でないことや、Lynch症候群が疑われた場合の遺伝カウンセリング、遺伝子診断が十分に周知されているとは言い難く、まずは本疾患のsurveillanceと診断、その後の厳重なfollow upをしっかり行っていくことが重要である。そのうえで、本試験で示されたようなアスピリンによるchemopreventionがどのように臨床応用されるか注視したい。

監訳・コメント:相澤病院がん集学治療センター 中村 将人(化学療法科・統括医長)

論文紹介 2012年のトップへ
このページのトップへ
MEDICAL SCIENCE PUBLICATIONS, Inc
Copyright © MEDICAL SCIENCE PUBLICATIONS, Inc. All Rights Reserved

GI cancer-net
消化器癌治療の広場