監修:名古屋大学大学院 医学系研究科 坂本純一(社会生命科学・教授)
ステージII/III下部直腸癌に対する直腸間膜切除術±側方リンパ節郭清後の合併症発生率と死亡率(JCOG 0212):多施設共同非劣性無作為化比較試験
Fujita S., et al., Lancet Oncol, 2012 ; 13(6) : 616-621
下部直腸癌の国際的な標準術式は直腸間膜切除術(ME)または全直腸間膜切除術(TME)である。一方、日本では側方リンパ節郭清(LLND)を伴うMEが標準術式になっており、1980年代半ばには神経温存側方リンパ節郭清術が開発され、以来改良が重ねられている。直腸癌では側方リンパ節転移が約15%に認められ、これを郭清しないと局所/全身再発が起こりうるが、欧米の主要な病院でLLNDを行わずにTMEまたはMEを受けた直腸癌患者の局所再発率は10%未満であると報告されている。この割合は日本の主要病院でME+LLNDを受けた患者における局所再発率と同等である。異なる患者集団における異なる手技を比較するのは難しいことから、日本の33病院において、ME単独療法のME+LLND療法に対する非劣性を検討する無作為化比較試験を行った。
対象は、ステージII/III腺癌(直腸診、CT/MRI、内視鏡)、PS 0〜1、腫瘍下縁が腹膜反転部以下の直腸にあり、直腸間膜外のリンパ節に腫大(CT/MRIで短径10 mm未満)や他臓器への浸潤を認めない、化学療法未施行の20〜75歳の患者である。CT/MRIで側方リンパ節腫大が認められた患者は不適格とした。
MEを施行し、医師が肉眼的にR0であることを確認した後、患者を、ME単独を行う群(ME群)またはMEに加えてLLNDを行う群(LLND群)に無作為に割り付けた。ステージIIIの患者には術後補助化学療法を行ったが、術後補助放射線療法、術前補助化学療法は実施していない。
主要評価項目はRFS、副次的評価項目はOS、局所RFS、有害事象発生率、重篤な有害事象発生率、手術時間、出血量、性機能障害および排尿障害の発生率であるが、今回報告するのは手術時間、出血量、術後合併症の頻度(NCI CTC version2.0に基づく)、死亡率(術後30日以内の全死因による死亡)であり、RFS、OSに関しては2015年に計画されている主要解析にて報告する。また性機能および排尿障害についても後日報告する予定である。なおデータは2011年6月12日時点のものであり、評価はintention-to-treat解析で行った。
2003年6月11日〜2010年8月6日に701例をME群350例(年齢中央値62歳、男性67%)、LLND群351例(61歳、67%)に無作為に割り付けた。
手術時間の中央値はME群254分、LLND群360分で、LLND群で有意に長く(p<0.0001)、出血量も中央値337 mL vs 576 mLで、LLND群で有意に多かった(p<0.0001)。
LLND群の26例(7%)で側方リンパ節転移が発見されたが、うち11例(42%)はステージII、15例(58%)はステージIIIであった。また、病理学的に直腸間膜内リンパ節転移陽性であったのは26例中19例(73%)であった。
グレード3/4の術後合併症の発症頻度はLLND群22%、ME群16%とLLND群で高かったものの有意差は認められなかった(p=0.07)。最も高頻度に発症したグレード3/4の術後合併症は縫合不全(6% vs 5%、全グレードでは11% vs 13%)で、LLND群の1例が縫合不全に続いて敗血症を起こして死亡したが、他の全例は回復した。ほかの術後合併症として尿閉(5% vs 3%)、正常好中球数での感染症(5% vs 5%)などがみられた。
以上のように、ME+LLND療法はME単独療法に比べ手術時間の延長、出血量の増加がみられた。術後合併症の発症頻度はLLND群ではME群と比べて高かったが、差は有意ではなかった。本試験の対象患者はCTやMRIでは側方リンパ節転移は陰性であったにもかかわらず、手術によってLLND群の7%に側方リンパ節転移がみられた。したがってME群でもほぼ同率で側方リンパ節転移がみられるものと推定される。側方リンパ節転移患者全例が局所または全身再発を起こすと考えると、ME群での再発率はLLND群に比べて7%高くなることになる。ハザード比の上側信頼限界が1.34以上であれば、5年RFSの差は8%以上で、ME+LLND療法はME単独療法に比べて優れていることになる。ME単独療法のME+LLND療法に対する非劣性が確認できるかどうかは2015年の解析で明らかになる。
側方郭清による術後合併症の増加は認められなかった
欧米では下部進行直腸癌に対し術前放射線化学療法+TMEが標準とされているのに対し、日本ではTME+側方郭清が標準とされてきた。本RCTは画像上側方リンパ節転移が認められない症例に対し、TME単独がTME+側方郭清に比べ非劣性であるかを検証した多施設共同無作為化比較試験であり、今後の日本の下部直腸癌の標準治療に大きな影響を与える極めて重要な試験である。
本論文では術後短期成績が報告され、側方郭清により手術時間、出血量が有意に増加するものの、術後合併症の発生頻度には有意差がなく、側方郭清が安全に施行可能であることが示された。今後報告される予定である排尿・性機能障害発生頻度も多数例の側方郭清後のデータとして非常に重要であり、結果が待たれる。
本論文ではLLND群の26例(7%)に病理学的に側方リンパ節転移を認めたことが報告された。2015年に行われる主要解析の結果によって、ME群、LLND群の無再発生存率、局所再発率、局所再発部位などが明らかにされ、術前画像診断で明らかな側方リンパ節転移が認められない症例に対するいわゆる予防的側方郭清の位置づけが明確にされるであろう。
がん研有明病院 秋吉 高志(消化器センター・医員)
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