監修:東海中央病院 坂本純一(病院長)
遠隔転移を有する大腸癌に対する抗EGFR療法の効果への低頻度KRAS変異の影響
Tougeron D., et al., Ann Oncol., 2013 ; 24 : 1267-1273
進行大腸癌の標準療法において、抗EGFR療法のbenefitを受けるのが野生型KRASの患者に限られるのは周知である。KRAS変異状況はこれまでのところ、ダイレクトシークエンス法であるジデオキシ法やPCRなどによって調べられていたが、ダイレクトシークエンス法には低信号の変異を識別する客観性の欠如や感度が低いといった問題がある。一方、パイロシークエンス法は一塩基多型を正確に定量できる強力で高感度の配列法であり、最近ではKRAS変異の検出にルーチンに行われるようになりつつある。その陽性シグナルの閾値は10%に設定されているが、現時点では10%未満の低頻度KRAS変異が抗EGFR療法の効果に与える影響はわかっていない。そこで、パイロシークエンス法を用いれば1%の低頻度変異でも検出可能であると考え、遠隔転移を有する大腸癌で低シグナルのKRAS変異を示す患者を対象として抗EGFR療法の奏効度を評価する後ろ向き試験を行った。
2006年1月〜2011年6月にフランスのポワティエ大学およびトゥール大学においてダイレクトシークエンス法 でKRAS野生型と診断され抗EGFR療法を受けた遠隔転移を有する大腸癌の連続患者全例から抗EGFR療法開始前に腫瘍標本を採取し、パイロシークエンス法を用いてKRASのexon 2(codon 12、13)およびexon 3(codon 61)のジェノタイピングを行った。低頻度KRAS変異と野生型のカットオフは、変異対立遺伝子量2.3%に設定し、患者を変異対立遺伝子0〜2.3%のKRAS野生型群(WT群)と2.3〜10%の低頻度KRAS変異群(LMT群)に層別化した。データは再現性を有し、変異は2つの独立した方法で少なくとも2回検証した。
なお、抗EGFR療法はcetuximabまたはpanitumumabの単独投与か化学療法との併用で、cetuximabは開始用量400mg/m2、続いて250mg/m2を週1回、または500mg/m2を2週ごとに、panitumumabは6mg/kgを2週ごとに投与した。
主な評価項目は奏効率、PFS、OSで、追跡期間は26.9±19.6ヵ月である。ダイレクトシークエンス法で野生型とされたのは168例で、そのうち67.3%が複数の転移を有していた。抗EGFR療法はfirst-line治療が29.2%、second-line治療が28.6%、third-line治療が31.5%、それ以降が10.7%で実施され、92.3%が化学療法との併用であった。cetuximabは78.6%、panitumumabは21.6%に投与されていた。全例の奏効率(RECIST基準)はPR 31.5%、SD 30.9%、PD 36.3%、PFSは5.7±0.7ヵ月、OSは32.0±3.1ヵ月であった。
168例の腫瘍標本をパイロシークエンス法にて解析したところ、138例は野生型のままであり、30例(17.9%)で低頻度KRAS変異が検出された。WT群とLMT群の背景因子に有意差はなかったが、抗EGFR療法導入前の治療ライン数はLMT群が有意に多かった(2ラインは47% vs 28%、3ライン以上は20% vs 9%、p=0.02)。LMT群の4例はBRAF変異も有していた。Codon 61におけるKRAS変異は認められなかった。
LMT群とWT群の奏効率は、PRが6.7% vs 37.0%、SDが23.3% vs 32.6%、PDは70% vs 29.0%とLMT群が有意に低かった(p<0.01)。PDの患者はダイレクトシークエンス法 による野生型168例では36.3%であり、パイロシークエンス法による野生型138例では29.0%と減少していた。LMT群では2例(6.7%)がPRを得ていたが、この2例のKRAS変異状況は原発腫瘍のみで確認されており、転移腫瘍は解析されていなかったことから、KRASが異なる状況にあった可能性も考えられる。
PFSはKMT群2.7±0.5ヵ月に対しWT群6.0±0.3ヵ月でWT群が有意に優れていたが(p<0.01)、OSはそれぞれ30.4±1.1ヵ月、32.6±1.7ヵ月で有意差はみられなかった(p=0.86)。
以上のように、ダイレクトシークエンス法で野生型とされた遠隔転移を有する大腸癌患者のうち17.9%がパイロシークエンス法にてKRAS変異を有していることがわかり、またKRAS変異が10%未満であっても低頻度のKRAS変異のあるLMT患者群においては、変異対立遺伝子量が2.3%以下の純粋なKRAS野生型患者に比べて抗EGFR療法から受けるベネフィットが低いことが明らかになった。バイオアッセイの感度が上昇して低頻度の変異クローンを検出できるようになれば、抗EGFR療法に反応しない患者を同定する精度も高くなるのは必然である。ひいては、診断の精度の改善から費用対効果の改善にもつながるであろう。KRAS変異の検出法の一本化が急がれるが、現時点ではパイロシークエンス法がその1つである。今後は微小液滴を用いた新しい高感度技術も評価されることが求められる。
抗EGFR抗体薬のターゲットはさらに絞り込めるか?
KRAS変異状況の診断が大腸癌の化学療法の日常診療に用いられるようになり3年になる。抗EGFR抗体薬は、first-lineから使用して生存期間の延長につながるデータがでてはいるが、副作用や利便性の問題で一次治療からの使用は欧米ほど浸透しない。なぜならば、KRAS変異はnegativeなバイオマーカーであるという位置付けであり、有効な症例を絞り込んでいないからである。この研究にあるように、変異割合の低いクローンを含む腫瘍も除外することが、より有効な集団を絞り込むことにつながるのであれば、抗EGFR抗体を一次治療から使用するポイントが明快になることが期待される。また、治療の変遷でKRAS変異の割合が変わるのであれば、ファーストラインでしかbenefitを受けられない患者も存在するはずであり、その同定法も開発が必要となる。進行中のCALGBの試験や、今年のASCOで報告されるFIRE3の前向きの比較試験で、この点が今後検討されることを期待したい。
監訳・コメント:大阪大学大学院 医学系研究科 消化器癌先進化学療法開発学寄附講座 佐藤 太郎(准教授)
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