日本とドイツの大腸癌化学療法の現状


瀧内(司会):本日はご多忙中、お集まりいただきありがとうございます。最初に、大腸癌化学療法の現状についてお話を伺いたいと思います。まず室先生から、わが国の状況をご紹介ください。

室:本邦では、L-OHPが2年前にようやく承認され、総合病院ではFOLFOXあるいはFOLFIRI療法がルーチンに行われるようになりました。しかし、承認当初の1年くらいはFOLFOX療法が行える医療機関はがんセンターなどの一部施設に限られていました。ですから、ここ1年の間で急速に普及したわけです。それでもまだFOLFOX療法、FOLFIRI療法に慣れていない医療機関も少なからずあり、LV/UFT、TS-1単独療法、LV/5-FU療法などが行われています。本邦では現時点で、転移・再発大腸癌患者の約70%にfirst lineとしてFOLFOX療法、second lineとしてCPT-11単独またはFOLFIRI療法が行われており、約30%にfirst lineとしてFOLFIRI療法、second lineとしてFOLFOX療法が行われていると推測されます。しかし、bevacizumab、cetuximabなどの分子標的治療薬やcapecitabineは承認されておらず、これが海外に遅れをとっているという意味で大きな問題です。

Köhne:ドイツでは約50%がFOLFOX療法、残り50%がFOLFIRI療法で治療されていると思います。大部分の医師は、FOLFOX療法とFOLFIRI療法の効果は同じくらいだと考えていますが、毒性のパターンは異なります。ご存知のように、FOLFOX療法には神経毒性があり、蓄積性があります。また、下痢の発現率はほぼ同等ですが、脱毛はFOLFIRI療法のほうが高率に発現します。分子標的治療薬ではbevacizumabの使用が増えており、CPT-11ベースのレジメとの併用でのみ承認されているため、ほとんどの医師がbevacizumabをFOLFIRI療法との併用で使用していますが、なかにはFOLFOX療法と併用する医師もいます。しかし、bevacizumabがすべて抗癌剤との併用で投与されているわけではありません。Second lineは、first lineに何を投与したかで決まってきます。

瀧内:ドイツでは一般臨床への分子標的治療薬の導入が進んでいるようですが、分子標的治療薬が使用不可能な日本の現状について、大津先生はどう思われますか。

大津:日本の新薬開発システムに問題があると思います。まず、規制やガイドラインが欧米と全く異なっており、日本では新薬の承認に際して日本人を対象とした第II相試験が要求されてきました。ただ、昨年の規制ガイドラインの変更により、新薬承認に際して第III相試験のデータが要求されると同時に、海外のデータも受け入れることになりました。現時点では欧米から遅れていますが、いわゆる“drug lag”の問題は改善しつつあり、今年bevacizumabが承認されますし、来年はcetuximabまたはpanitumumabが承認されるものと期待しています。

瀧内:ということは近い将来、我々の大腸癌治療戦略は大きく変わるということですか。

大津:ええ、そう思います。日本と欧米の違いといえば、経口5-FU剤の毒性プロファイルの差も重要です。欧米の腫瘍内科医はcapecitabineやTS-1のような経口薬は毒性が強いと考えていますが、日本人ではそれほど毒性が強く発現していません。ですから、我々はcapecitabine、LV/UFT、TS-1などの経口薬について日本人独自のデータをつくる必要がありますし、経口薬を含めた併用療法を探究すべきだと思います。

瀧内:Köhne先生は、大腸癌治療における経口薬をどう思われますか。

Köhne:患者さんによってさまざまなニーズがあるので、選択肢を持つことはよいことだと思います。ドイツ国内で承認されており、経験も豊富な経口薬はUFTとcapecitabineの2剤です。なかでもcapecitabineは広く使用されていますが、first lineあるいは術後補助化学療法として併用療法が行われることが多いため、単独ではあまり用いられていません。また、capecitabineとCPT-11の併用は毒性に問題があることがわかりました。たぶん、用量設定に問題があるのだと思います。CapOx(capecitabine+L-OHP)療法はそれよりも忍容性が高く、ドイツではよく処方されているレジメですが、緩和療法で用いられているのではないかと推測されます。それよりも有効な静注レジメは、LV/5-FUとCPT-11またはL-OHPの併用だと思います。

室:日本ではLV/UFTまたはTS-1単独療法は、通常、poor-risk患者や高齢患者に行われます。近年、日本の腫瘍内科医はEBMを重視しており、ガイドラインでも転移・再発大腸癌にFOLFIRI療法、FOLFOX療法を推奨していますが、capecitabineは未承認のため大腸癌には使用できません。Capecitabineを併用したCapOx療法は高いエビデンスレベルにあるので、これは重大な問題です。日本には大きな問題が3つあります。第1に外科医が化学療法を行っているケースが極めて多いこと。これ自体は今までの状況を考えれば仕方のないことですが、最近、特にtoxicな治療が標準的治療となっているような状況下では問題と考えます。第2にFOLFOX療法やFOLFIRI療法で必要となるカテーテル留置がルーチンに行えない医療機関がまだ少なくないこと、第3は外来化学療法のシステムが確立した医療機関が少ないことです。

瀧内:日本にはTS-1という欧米で使用されていない経口薬があります。大津先生、大腸癌を対象としたTS-1の試験を紹介してください。

大津:大腸癌領域ではTS-1単独療法の第II相試験が2つあるだけで、LV/5-FUやcapecitabineなどと比較したランダム化試験は行われていません。ただ、TS-1とCPT-11の併用レジメであるIRISの第II相試験を行っている医療機関がいくつかあります。First lineとしてこのレジメとFOLFOX療法と比較する試験や、second lineとしてFOLFIRI療法と比較する試験が行われており、TS-1の有効性に関する知見が得られるものと思われます。LV/UFT、TS-1、capecitabineの毒性プロファイルは少し異なりますが、第II相試験における奏効率はいずれも約35%と同等です。

瀧内:それぞれの毒性プロファイルは少しだけ異なっていますね。

大津:ええ。ただ、日本人の場合、capecitabine の忍容性はLV/UFTやTS-1と同様に良好だと思います。

Köhne:経口5-FU剤が高齢者に使用されていると聞いて驚きました。Capecitabineの忍容性は血清クレアチニン値に依存しており、高齢者では腎機能が低下していることが多いため、用量設定に関して警告が記されています。また、高齢者の多くは高血圧、糖尿病、その他、たくさんの薬剤を服用しているので、さらにcapecitabineの錠剤が加わることは好ましくないと思うのですが……。

室:同感です。TS-1の場合も、高齢者などクレアチニン値が高い場合は減量が必要です。

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