消化器癌治療の広場

第15回座談会 Pros and Consシリーズ 直腸癌の術前化学放射線療法の実施可否は? 2012年10月21日 ストリングスホテル東京インターコンチネンタルにて

Review

大村:直腸癌の治療は、欧米では術前化学放射線療法あるいは放射線療法 + 全直腸間膜切除術 (total mesorectal excision: TME) が標準的ですが、日本では側方郭清 + TMEが標準的であり、術前化学放射線療法はあまり行われていません。そこで、今回は術前化学放射線療法が必要か否かをテーマに、ディスカッションを進めたいと思います。まず直腸癌に対する術前放射線療法の有効性と安全性について、永坂先生と佐藤先生から、大規模臨床試験の結果をご紹介いただきます。

●手術単独 vs. 術前放射線療法のエビデンス

永坂先生

永坂:Swedish trialは、1987〜1990年に登録された直腸癌患者1,168例を対象に、手術単独群と術前放射線療法群とを比較した無作為化比較試験です1)。手術が実施されたのは手術単独群557例、術前放射線療法群553例で、根治切除された症例は各群ともに454例でした。術前放射線療法群の454例は5Gy×5日間の照射を行い、終了後1週間以内に手術しています。
 術後の局所再発率は、Dukes’ stage分類によらず術前放射線療法群のほうが有意に低く、stageが上がるほど差が開きました。患者全体の5年再発率は手術単独群の27%に対し、術前放射線療法群は11%です (p<0.001)。また、前方切除術や腹会陰式切除術などの術式に限らず、再発率は術前放射線療法群が低率でした。さらに、5年OSも手術単独群の48%に対し、術前放射線療法群は58%と有意に良好でした (p=0.004)。ただし、曲線はクロスしており、日本の大腸癌研究会がまとめたstage III症例の手術単独における5年OS (60.4%) と比べて低いため2)、試験の質には疑問が持たれています。
 この試験の追加報告が2報発表されています。1つは長期成績で、追跡期間中央値13年時点の生存率は手術単独群30%、術前放射線療法群38% (p=0.008)、累積局所再発率もそれぞれ26%、9%と、術前放射線療法群が有意に良好でした (p<0.001) 3)。さらに、肛門縁からの距離が10cm以下の症例では、術前放射線療法群の局所再発率が、手術単独群に対して有意に低率でした (肛門縁からの距離≦5cm: p=0.003, 6〜10cm: p<0.001)。
  一方、有害事象に関する報告では、術前放射線療法群は早期に入院を要した患者の割合が高く、感染症および消化器系の有害事象による入院も術前放射線療法群のほうが全期間を通して多く発現しました4)

●TMEに対する術前放射線療法の上乗せ効果

佐藤先生

佐藤:Dutch trialは、TMEを施行した症例を対象にした無作為化比較試験です。1996〜1999年に登録された直腸癌患者1,861例を対象に、TME単独群とTME + 術前放射線療法 (5Gy×5日間) を行った群 (術前放射線療法群) とを比較しました5)。患者背景には、肛門縁からの距離、術式などに差はありませんでした。
  観察期間中央値24.9ヵ月において、2年OSはTME単独群81.8%、術前放射線療法群82.0%と差は認められませんでした。一方、術後の累積局所再発率はそれぞれ8.2%、2.4%と、術前放射線療法群が有意に低率でした (p<0.001)。局所再発率に関する多変量解析では、術前放射線療法群に比べてTME単独群では局所再発リスクが有意に高く (HR=3.41, p<0.001)、肛門縁からの距離が5.1〜10cm、5cm以下と近くなるほど、また、stageが上がるほどリスクが高くなりました。なお、術式別の局所再発率の差はありませんでした。
 一方、排便機能に関しては、術前放射線療法群のほうが有意に高率に発現し、便失禁 (日中: p<0.001, 夜間: p=0.001)、粘液便 (p=0.004)、肛門出血 (p=0.005) などが認められました6)。吻合例における日中の便失禁も、肛門縁からの距離によらず術前放射線療法群で多くなっています。
 また、12年の長期成績も報告されています7)。10年累積局所再発率はTME単独群11%、術前放射線療法群5%と有意差が認められました (p<0.0001)。Swedish trialの手術単独群における13年累積局所再発率が26%なので、TME単独群の11%という結果も良好な成績と言えます。患者全体のOSに有意な群間差はありませんでしたが、stage III症例、肛門縁からの距離が10〜15cmの症例では術前放射線療法群のほうが良好でした。

大村:術前放射線療法の代表的な臨床試験として2試験ご紹介いただきましたが、ともに局所再発率は改善したものの、OSの改善がみられたのはSwedish trialのみでした。また、近年は術前化学放射線療法の臨床試験が実施されていますが、やはり局所再発率の改善はみられるもののOSは改善せず (表1)、局所再発率はOSの延長に寄与しないことが示唆されています。以上を踏まえてディスカッションへと進めたいと思います。

大規模臨床試験では、術前放射線療法により局所再発率は有意に抑制され、stageが上がるほど術前放射線療法の効果は高かった。
OSにおいて有意な延長を示したのはSwedish trialのみであった。
術前放射線療法では便失禁などが多くみられた。
次へ 目次
▲ このページのトップへ
MEDICAL SCIENCE PUBLICATIONS, Inc
Copyright © MEDICAL SCIENCE PUBLICATIONS, Inc. All Rights Reserved