肺癌における診断開発の現状と課題
土原:遺伝子診断にはさまざまな困難を伴うことがわかりましたが、肺癌では、これまで多くのドライバー変異が発見され、複数の診断薬が登場しています。そこで、西尾先生から肺癌でのご経験をお話いただきます。
西尾:肺癌領域の遺伝子変異は日本におけるエビデンスが多かったこともあり、世界に先んじて日本で体外診断薬を開発する必要がありました。本来、精度管理のためにも体外診断薬はIVDとして承認されることが望ましいのですが、各施設で質の高い体外診断薬が開発されたものの、home-brew assay でも検査でき保険償還も可能であるため、いずれもIVDとして承認を受けるには至りませんでした。そして、その間に海外の検査会社や診断薬会社が参入してきてIVDの承認を受けたため、結果的に、IVDとhome-brew assayが乱立して混乱を招いてしまいました。消化器癌領域ではこれを反面教師にすべきだと思います。
土原:日本のアカデミアには診断薬開発のための素材も意欲もあったものの、IVDとして承認を受けるまでには至らなかったということですね。その原因の1つとして言えるのは、苦労してIVDを開発するだけのインセンティブが不足していたということでしょうか。
西尾:そうですね。臨床現場で早く使用できるようにhome-brew assayを開発することは重要ですが、精度保証されたIVDを視野に入れることも大切で、IVDを開発しやすいような仕組みづくりが必要だと思います。肺癌領域の場合、EGFR 遺伝子の特許を企業が有していて、ALK 融合遺伝子陽性例に対しては海外と日本で検査方法が異なるなど、複雑な状況を生み出してしまいました。やはり、global企業と手を組むことも重要で、世界標準のプラットフォームを用いることでdevice lagが起こらないようにすることも1つの方法だと考えています。
土原:今後の開発においては、日本だけで通用する仕組みをつくるのか、世界でつくられたものをうまく取り入れていくのか、あるいは日本でつくったものを世界に広めていくのか、しっかりと考えたうえで開発を進める必要がありますね。
マルチプレックス診断への課題
土原:肺癌領域ではドライバー変異が多岐にわたっていますが、マルチプレックス診断はどのように進んでいるのでしょうか。
西尾:海外では次世代シークエンス (NGS: Next-Generation Sequencing) を使用したマルチプレックス診断によるIVDへの動きが急速に高まっています。一方、我々も海外のアカデミアのコンソーシアムと共同してマルチプレックス診断法を開発しIVD取得に向けた取り組みを進めています。ただ、日本の最大の問題点は、マルチプレックスという概念が今のコンパニオン診断の定義に合わないことです。臨床側としては、可能性のある遺伝子変異をできるだけ多く測定したいので、一度に複数の遺伝子変異を測定することが望ましいのですが、日本の規制当局における現状のコンパニオン診断の定義は、1つの遺伝子変異に対して1つの診断薬を用いる1対1対応になっています。このような制度と臨床ニーズとのギャップをいかに埋めるかが課題になっています。
登:2014年2月に出された厚生労働省医療機器審査管理室長からの文書では、製造販売承認申請書に記載する事項の記載例は1対1対応になっており、日本にはまだマルチプレックスという概念は存在していません。また、コンパニオン診断薬に関するドラフトガイダンスをFDAが出したのは2011年ですが、日本では2013年と、2年間のtime lagがあります。そして、米国では今、FDAがマルチプレックス診断へ踏み出そうとしており、イルミナ社のNGSによる診断法も認可されました。このままだと、日本は海外から2年、下手をすると5年遅れることになりかねません。こうしたdevice lagを防ぐためには、アカデミアによるガイダンス作成や、患者団体からの働きかけなども必要になってくると思います。
土原:そうですね。例え革新的な治療薬が登場しても、診断が追い付いていなければ、その効力を発揮することはできません。制度におけるlagがdevice lagにつながり、それがdrug lagになるという最悪のシナリオを避けなければいけません。そのためには、治療薬を開発する産業側、科学的で中立な意見を持つアカデミア、そして患者団体など、産官学民すべての力を結集して、この現状を打破する必要があります。
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