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私は座右の銘や格言が好きなので、仕事に関するもの、日常生活に関するもの、いろいろとあるのですが……職業上の大切な座右の銘の1つを紹介しましょう。
それは、“Bad data are worse than no data at all.”です。データが何もなければ、我々はそれについて“何も知らない”ことをわかっています。ところがbad dataがあると、実際には何もわかっていなかったとしても、“それについてはわかっている”と思って自分自身をごまかし、それ以上の探究をやめてしまう。
もしbad dataがある場合でも、我々はそれに左右されて必要な探究をやめるべきではないし、もしgood dataがある場合は、我々はそのデータを深く追跡すべきでしょう。
今年の米国臨床腫瘍学会年次集会では大きな進展がみられず、残念でしたね。消化器癌領域ではK-RAS mutationに注目が集まっていますが、個人的にはすでにほぼ決着のついた問題だと思っています。過去にJCOに掲載されたK-RASに関する3報の論文によって、「K-RAS mutantの患者はEGFR阻害薬から利益を得られない」ことは明確にされました。今回の年次集会での発表はそれを裏づけるものです。
今後、分子標的治療薬はその名の通りの使われ方をするようになるでしょう。これまでcetuximabとpanitumumabは、分子“標的”治療薬であるにもかかわらず、実際にはどの患者にも使われてきました。しかし、K-RASという標的を絞るのにより効果的な方法を得た今、我々は「患者の約35%はこれらの薬剤からbenefitを得ることができないため、投与すべきではない」と明言できます。
ヨーロッパでは、すでにcetuximabの適応を「K-RAS wild typeの患者」としています。アメリカではまだK-RAS検査が義務化されていませんが、K-RAS mutation患者に対するcetuximabおよびpanitumumabの投与は、現実にはbenefitを得られる見込みがないにもかかわらず、患者を重大な毒性の危険性にさらし、多額の経済的負担を強いることになるのです。
日本の先生方に私のメッセージを伝える機会を得たことは嬉しくもあり、光栄でもあります。
私は、近い将来、消化器癌治療の研究において励みになるような結果が報告されることを期待しています。我々はこれまで数多くの進歩を遂げてきましたが、これから先、今までのような進歩を遂げられないとしたら、それは不幸なことですからね。
また、これは私見ですが、今後、大腸癌全般に広く承認されるような薬はもう登場しないのではないかと思っています。我々のいるこの時代は、対象患者を分子レベルで選択するほうへと向かっています。これからの新薬は、その薬に適した特定の分子タイプをもつ患者さんを対象に承認されることでしょう。すべての患者さんに投与して、そのうち10〜20%の人だけに有効であるような薬剤はもう現れないのではないでしょうか。私自身、将来そうなることを望んでいますし、それを確信しています。
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