治療選択を規定する3種類の臨床的因子
Aggressive approachとnon-aggressive approachの選択は、医学全般に共通したテーマです。ほとんどの場合、根治不能な固形癌では、治療をすぐに始める必要があるのか、それともある程度時間的な余裕があるのかという問題に直面します。速やかな腫瘍縮小を得るためにaggressiveな治療が必要となる場合もあれば、non-aggressiveな治療を選択できる場合もあります。それは患者さん1人1人の治療目標が異なるためです。大腸癌の治療薬が5-FUしかなかった時代には、このように治療を選択する余地はありませんでしたから、現代ならではの課題といえます。
では、我々が進行・再発大腸癌の患者さんを治療する際、aggressiveな治療が必要か、それともnon-aggressiveな治療でよいのか、どうやって判断すべきでしょうか。その判断基準となるのが3つの臨床的因子 (clinical determinants)、すなわち「患者関連因子 (patient-related factors)」、「腫瘍関連因子 (tumor-related factors)」、「治療関連因子 (treatment-related factors)」です (図1)。
患者関連因子としては、「年齢」「PS」「併存疾患」「attitude」などが挙げられます。Attitudeとは、患者さんがご自分の病気や治療に対してどのような考えをもっているか、どのような姿勢で臨んでいるかということですね。Attitudeによって治療選択が左右されるよい例が、ケネディ大統領夫人として知られたジャクリーン・ケネディ・オナシスと、イタリアを代表する名優マルチェロ・マストロヤンニの2人です。ジャクリーンは1982年に非ホジキンリンパ腫を発症し、Memorial Sloan-Kettering Cancer Centerで生存率40〜60%の化学療法を勧められましたが、治療を拒否しました。一方、マストロヤンニは治癒の見込みのない進行膵癌を患いましたが、果敢にも4種類の化学療法を受けました。これらの事例から、患者さんのattitudeが治療選択に極めて重要な役割を果たすことがおわかりいただけると思います。
治療関連因子としては、「有効性」「毒性」「利便性」に加え、厳密には社会的因子ですが「費用」なども挙げられます。
また、腫瘍関連因子としては、「切除の可能性」「随伴症状の有無」「腫瘍量 (tumor bulk / volume)」「臨床経過」の4つの因子が挙げられます。ここでの「腫瘍量」は、腫瘍の大きさから転移個数までを総括する言葉として使っています。我々はこれらの腫瘍関連因子に基づいて、aggressive approachとnon-aggressive approachを選択するアルゴリズムを作成しました (図2)。このアルゴリズムでは、最初に切除の可能性を判断します。潜在的に切除可能と考えられる場合は、切除可能な状態にもっていくためにaggressive approachが必要です。また、切除不能でかつ随伴症状がある場合は、症状を緩和してQOLを改善する必要があるため、やはりaggressive approachの対象となります。
一方、切除不能で症状がない場合は、いつ問題が生じるかがポイントで、それは臨床経過と腫瘍量で決まってきます。臨床経過や検査値が悪い場合、また腫瘍量が多い場合には、近いうちに問題が生じる可能性が高いため、aggressive approachが必要です。
すぐに治療を始めない「無治療経過観察」という選択肢
Aggressive approachの選択肢には、「手術」「局所治療」「2剤併用化学療法」「3剤併用化学療法」「併用化学療法+分子標的薬」などがあります。一方、non-aggressive approachの選択肢には、「無治療経過観察 (wait and see)」「フッ化ピリミジン系薬剤単独」「フッ化ピリミジン系薬剤 + Bevacizumab」などがあります。
では、すぐに治療を始めない「無治療経過観察」というアプローチは理にかなっているのでしょうか。約20年前に行われたNORDIC試験1) では、無症状の大腸癌患者183例を「すぐにMethotrexate + 5-FU/LVの投与を開始する群」と「症状が出るまで経過観察する群」とに無作為に割り付けました。その結果、overall survival (OS) 中央値はそれぞれ14ヵ月vs. 9ヵ月、無症状生存期間中央値は10ヵ月 vs. 2ヵ月、progression-free survival (PFS) 中央値は8ヵ月vs. 3ヵ月であり、経過観察群が劣っていることが示されました1)。それ以来、無症状であっても、すぐに治療を始めるべきだと考えられるようになったわけです。ところが、2005年に報告されたAcklandらによる2試験のメタアナリシスでは、すぐに治療を開始しても、経過観察後に治療を開始した群と比べてOSの延長やQOLの改善は認められませんでした2)。
この2つの報告の違いは何でしょうか。それぞれの患者背景を見る限り、前述の4つの腫瘍関連因子 (切除の可能性、随伴症状の有無、腫瘍量、臨床経過) に違いがあったことは明白です。
Acklandの報告以降、無治療経過観察も選択肢の1つと考えられるようになりましたが、私自身は滅多に行うことはありません。なぜなら、ほとんどの患者さんはベストな治療を求めるからです。たとえ経過観察の条件を満たしていても、何もしないと不安に思われる方が多いため、すぐに治療を始めます。時にはマストロヤンニのケースのように、患者さんが望めば必要がなくてもaggressiveな治療を選択することもあります。