監修:名古屋大学大学院 医学研究科 坂本純一(社会生命科学・教授)
転移性結腸・直腸癌に対するpanitumumabまたはcetuximabの奏効には野生型BRAFが必要である
Di Nicolantonio F, et al., J Clin Oncol. 2008; 26(35): 5705-5712
EGFRを標的とするモノクローナル抗体であるcetuximabおよびpanitumumabは転移性結腸・直腸癌患者の10〜20%に効果を認めるとされている。著者らは以前、KRAS遺伝子変異は抗EGFRモノクローナル抗体の抵抗性を予測する独立因子であることを明らかにしたが、これらの知見を受けて、欧州ではpanitumumabの使用は腫瘍組織が野生型KRASを示す転移性結腸・直腸癌患者のみを対象として承認されている。しかし、無効例におけるKRAS変異の頻度は30〜40%に過ぎないため、その他の遺伝的因子の解明が求められている。そこで、セリン・スレオニンキナーゼであるBRAFはKRASの主要なエフェクターであることから、本試験ではKRAS野生型患者においてはBRAF遺伝子変異がEGFR標的治療抵抗性の原因であるとの仮説を検証した。
Cetuximabまたはpanitumumab投与を受けた転移性結腸・直腸癌患者113例から採取した腫瘍組織におけるKRASエクソン2およびBRAFエクソン15の点突然変異のほか、患者の奏効、TTP、OS、マイクロサテライト不安定性(MSI)などを調べた。
KRAS変異は奏効患者24例中2例(8%)、非奏効患者89例中32例(35%)に認められ、KRAS変異の存在とcetuximabまたはpanitumumab治療抵抗性との間に相関が示された(p<0.011)。
BRAF変異はすべてV600E置換であり、奏効が認められた野生型KRAS患者22例中のBRAF変異は0例であったのに対して、奏効が認められなかった野生型KRAS患者79例中のBRAF変異は11例(14.0%)であった(p=0.029)。
野生型KRAS患者の生存については、BRAF変異患者のほうが野生型BRAF患者よりもOS(p<0.0001)、PFS(p=0.0010)ともに短期であった。また、KRAS変異にかかわらない全患者コホートの比較でも、同様にBRAF変異患者のほうがOS(p<0.0001)、PFS(p=0.0107)が短期であった。
MSIの評価からは、OSやEGFR標的治療の効果とMSIは関連がないことが示唆された。
さらに、結腸・直腸癌細胞モデルであるDiFi細胞を用いた試験により、cetuximabおよびpanitumumabによる効果とBRAF V600E変異との関連を評価したところ、BRAF V600E変異を有する細胞は両剤に対する感受性が低いことが確認された。しかしBRAFの阻害剤であるsorafenibを追加することで相乗効果を示しBRAF V600E変異細胞の感受性が増加した。
今回の成績から、EGFR標的治療を受けている患者におけるBRAF変異の意義はKRAS変異と同様であり、BRAF V600E変異を有する転移性結腸・直腸癌患者はcetuximabまたはpanitumumabによる臨床的有用性が期待しがたいことが示された。したがって、BRAF変異解析は患者選択のための新しいツールになり得ると考えられる。今後は、BRAF変異のある患者に対して、EGFR阻害薬とBRAF阻害薬の併用を評価する試験が必要である。
Cetuximabまたはpanitumumabの投与にはKRASに加えてBRAF変異の検査も必要か?
CRYSTAL試験等よりKRAS変異の有無がcetuximabの治療効果の指標になることが知られている。しかし、無効例におけるKRAS変異の頻度は30〜40%に過ぎないことから、KRASのエフェクターであるBRAF遺伝子変異がKRAS野生型患者において、EGFR標的治療の抵抗性に関係するかをみた試験である。結果は、奏効した野生型KRAS患者にはBRAF変異は認められなかったのに対して、奏効しなかった野生型KRAS患者の14%にBRAF変異を認めたという驚くべき結果であった。更にKRAS変異に関係なくBRAF変異患者のほうがOS、PFSが有意に短いという結果は、BRAF変異がKRAS変異と同様にcetuximabまたはpanitumumabの治療効果の指標になる可能性を示している。ただ本試験はretrospectiveな検討のため、今後ランダム化試験により立証されることが望まれる。またin vitroではあるが、BRAF変異によりcetuximabの感受性が低下すること、BRAFの阻害剤であるsorafenibを追加することで相乗効果により感受性の回復が認められた。今後、臨床応用され個別化医療が発展することを期待したい。
監訳・コメント:国立病院機構 北海道がんセンター 高橋 康雄(消化器内科・薬物療法部長)
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