論文紹介 | 毎月、世界的に権威あるジャーナルから、消化器癌のトピックスとなる文献を選択し、その要約とご監訳いただいたドクターのコメントを掲載しています。

監修:名古屋大学大学院 医学研究科 坂本純一(社会生命科学・教授)

切除可能な直腸癌に対する術前放射線療法は局所再発率を減少させる:多施設無作為化試験(MRC およびNCIC-CTG C016)の解析より

Sebag-Montefiore D, et al., Lancet. 2009; 373: 811-820

 切除可能な直腸癌患者に対する術前または術後の放射線療法は局所再発率を低下させることが報告されている。また、術後化学放射線療法も局所再発率を低下させることが報告されており、米国では術後化学放射線療法がステージII-IIIの直腸癌に対する標準療法として推奨されている。本試験では、短期間の術前放射線療法群(術前群)と切除断端陽性例のみに対して術後化学放射線療法を行う群(術後群)を比較し、より効果的な放射線療法の実施について検討した。
 1998年3月〜2005年8月に4ヵ国(イギリス、カナダ、南アフリカ、ニュージーランド)80施設に登録された手術可能で転移のない直腸癌(腺癌)患者1,350例を、術前群(674例)と術後群(676例)に無作為に割り付けた。術前群では手術前に放射線療法(総量25Gy)を行い、術後群では手術後に放射線療法(総量45Gy)と化学療法(5-FU 200mg/m2 / 日の連続投与、または5-FU 300mg/m2+LV 20mg/m2 / 週)が行われた。主要評価項目は局所再発率(遠隔転移の有無にかかわらず)、副次評価項目はOS、DFS、無局所再発生存率、遠隔転移発現までの期間、術後疾病状態、QOL、長期合併症であった。
 追跡期間中央値4年間で局所再発は術前群27例、術後群72例でみられ、術前群の局所再発相対リスクは61%低下した(HR 0.39、95%CI 0.27〜0.58、p<0.0001)。これを3年局所再発率の絶対差としてみると、両群の差は6.2%であった(術前群4.4%、術後群10.6%)。DFSは術前群147例、術後群189例であり、術前群で24%低下した(HR 0.76、95%CI 0.62〜0.94、p=0.013)。3年DFSは術前群77.5%、術後群71.5%で、絶対差は6.0%であった。解析時の死亡は330例(術前群157例、術後群173例)であったが、OSについては両群間で有意差はみられなかった(HR 0.91、95%CI 0.73〜1.13、p=0.40)。
遠隔転移(術前群19%、術後群21%)および直腸癌死(同13%、15%)は両群で同等であった。
 以上のように、術後放射線療法と比較した術前放射線療法の局所抑制効果とDFS延長の優越性が示された。放射線療法ではその費用面も懸案事項となるが、術前放射線療法は5分割で行えることから費用面においても優れていると考えられる。また、術前・術後の骨盤照射はともに術後合併症(性機能、消化管機能障害など)のリスクを高めることが知られているが、本試験でも特に術前放射線療法群で性機能の問題がみられた。そのため、今後の課題の1つとして骨盤照射のリスクを上回るベネフィットの得られる患者を同定することが必要であると考える。
 本試験では直腸癌の病期を正確に評価する方法として、MRIとCTをそれぞれ全体の41%(556例)、60%(812例)で実施しているが、今後はMRIによる病期評価を行った上での術前の放射線療法と化学放射線療法を検討する研究が行われることが望まれる。

監訳者コメント

日本においても直腸癌に対する術前放射線療法は標準治療となりうるか?

 現在の欧米のエビデンスの基礎となる報告は、術前放射線療法の有用性を示したthe Swedish rectal cancer trialなどや、術後化学放射線療法の有用性を示したNorwegian Adjuvant Rectal Cancer Project Groupなどであるが、その多くは90年代に構築されたものである。一方で欧米においても近年の直腸癌に対する術式の進歩(TME普及)や組織学的な手術の質に対する評価の向上により、新たな補助化学療法の再評価が必要となっている。
 本論文は、TME時代を背景とした新たな直腸癌補助療法の評価として、術前放射線療法が選択的な術後化学放射線療法に対して、局所再発率において優越性を示すかを検証した臨床試験(MRC およびNCIC-CTG C016)の報告である。主要評価項目である局所再発率は、3年で術前群 4.4%、術後群 10.6%、5年で術前群 4.7%、術後群 11.5 %であり、術前群の局所再発相対リスクは61%低下した。注目すべきは、90年代のthe Swedish rectal cancer trialにおける5年局所再発率は、術前放射線療法群で 11% (手術単独群27%)であったのに対し、対象症例が若干異なるものの、大きく治療成績が向上している点である。これは本研究が多国間にわたる多施設研究であるにも関わらず、手術そのもののquality controlがきちんとなされていたこと、また、欧米での手術の質そのものが向上していることを示唆するものであると思われる。
 現時点での直腸癌の補助(化学)放射線療法に関する認識は、欧米と日本とでは若干異なり、その根本には術式の違いや手術の「質」の違いがあるとされる。しかし、日本の側方郭清を積極的に施行している癌専門施設での局所再発率は10%以下であるとされる一方で、多くの一般施設では側方郭清の適応・質が均一して保たれているとは考えがたいのも現状である。欧米との手術の温度差は依然として残るものの、その距離は徐々に小さくなりつつあることも事実である。国内での直腸癌治療の均てん化を考えた場合、本論文を含む欧米のエビデンスの取り入れも積極的に考慮すべきであると考える。

監訳・コメント:名古屋大学医学部 中山 吾郎(消化器外科・助教)

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