論文紹介 | 毎月、世界的に権威あるジャーナルから、消化器癌のトピックスとなる文献を選択し、その要約とご監訳いただいたドクターのコメントを掲載しています。

監修:名古屋大学大学院 医学研究科 坂本純一(社会生命科学・教授)

KRAS野生型の転移性結腸・直腸癌に対するcetuximab療法のベネフィット評価におけるPTENBRAF、およびEGFRの解析

Laurent-Puig P, et al., J Clin Oncol. 2009; 27(35): 5924-5930

 転移性結腸・直腸癌患者におけるKRAS変異は、抗EGFR療法が無効であることおよび生存期間が短いことの予測因子であることから、European Medicine Agencyは抗EGFR療法の使用をKRAS野生型患者に限定している。しかし、実際にはKRAS野生型患者でも半数において抗EGFR療法が無効であり、その効果を判定するのに重要な別のバイオマーカーが存在するのではないかと考えられる。そこで、結腸癌の遺伝子変異のマーカーであり、EGFRに加えて、EGFRによってそのシグナル伝達経路を活性化されるPTENおよびBRAFをバイオマーカーの候補として、これらの分子マーカーが個別または複数でcetuximabの有効性を予測する能力について評価した。
 転移性結腸・直腸癌患者173例から腫瘍標本を後向きに収集した。173例中1例はcetuximab単独投与をfirst-line治療で、172例はcetuximabベースの治療をsecond-line治療以降で受けていた。 KRASおよびBRAFの変異は対立遺伝子識別法、EGFR増幅は色素in situハイブリダイゼーション法(CISH法)および蛍光in situハイブリダイゼーション法(FISH法)、PTEN発現は免疫組織化学染色法にて評価した。
 評価可能169例中、KRAS変異型は53例、KRAS野生型は116例であった。KRAS変異はcetuximab無効、PFSとOSの短縮に有意に関連していた(すべてp<0.001)。
 KRAS野生型症例中、110例ではBRAF変異はみられなかった。KRAS野生型+BRAF変異の5例では、cetuximab無効の傾向があり(p=0.063)、PFSとOSは非変異例に比べ有意に短かった(すべてp<0.001)。KRAS野生型でEGFR増幅がみられたのは17例(17.7%)で、奏効率はKRAS野生型かつEGFR増幅のない79例に比べ有意に高く(p=0.015)、PFSとOSにも延長の傾向はあったものの有意差は認められなかった。KRAS野生型でPTEN発現(腫瘍細胞質に発現)がみられなかった22例(19.8%)はKRAS野生型+PTEN発現89例と比較してOSが有意に短かったが(p=0.013)、奏効率、PFSに有意差は認められなかった。
 KRAS野生型の結腸癌患者の治療転帰評価における各バイオマーカーの役割を評価するべく多変量解析を行ったところ(性別、年齢、抗EGFR療法前の化学療法数、バイオマーカーの状態を確認するためのサンプルに用いた腫瘍が転移か原発かなどで補正)、EGFR増幅(p=0.007)とBRAF変異(p=0.004)はKRAS野生型の奏効に関する有意な予測因子であった。KRASおよびBRAFがともに野生型の症例においてもEGFR増幅は奏効の予測因子であった。また、BRAF変異(p<0.001)とPTEN非発現(p=0.023)はKRAS野生型の不良なOSの予測因子であり、PTEN非発現はKRAS野生型+BRAF野生型でも不良なOSの予測因子であった(p=0.026)。
 以上の解析のように、KRAS野生型結腸癌患者において、BRAF変異は奏効、PFS、OSに、EGFR増幅は奏効に、PTEN発現はOSに関係していることが明らかになった。薬剤の効果を予測することは、患者個別化医療の究極の目的である。Cetuximabに関してはその目的が達成されようとしている。完璧な予測アルゴリズムを作成することは不可能であるが、本試験や同様の試験で確認されたバイオマーカーを用いて薬物治療を選択することにより、患者のケアに劇的な改善が望めるであろう。

監訳者コメント

バイオマーカー研究の進歩によって個別化治療がより現実的なものに!

 NCCNガイドラインv.1. 2010ではいずれの治療ラインにおいてもcetuximab, panitumumabの使用はKRAS野生型に限定されており、anyT、anyN、M1の場合は治療前診断でもKRAS testとPET-CTスキャンを行うことが推奨されている。さらにKRAS野生型であれば「BRAF testingを考慮する」となっている。抗EGFR療法ではKRASBRAFともに野生型であれば効果が期待できるが、本論文ではFISH法におけるEGFR増幅と細胞内PTEN蛋白の発現についてcetuximabの治療効果に与える影響を検討しているものの、新たな治療指針を得るには到っていないと思われる。最近、術前化学療法など化学療法の目的が限定的に用いられるようになってきていることも事実であり、前向きな研究の必要性を感じるが、今後の分子標的薬とバイオマーカー研究の進化によって、これまでの大腸癌化学療法の概念が大きく変貌を遂げるかもしれない。

監訳・コメント:関西医科大学附属枚方病院 岩本 慈能(消化器外科・助教)

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