論文紹介 | 毎月、世界的に権威あるジャーナルから、消化器癌のトピックスとなる文献を選択し、その要約とご監訳いただいたドクターのコメントを掲載しています。

監修:名古屋大学大学院 医学研究科 坂本純一(社会生命科学・教授)

消化器癌における免疫の二面的役割

Ferrone C, Dranoff G., J Clin Oncol., 2010; 28(26): 4045-4051

 多くのヒト癌では様々な免疫細胞の浸潤が認められるが、発癌や予後に関連する宿主反応の果たす役割については明らかになっていない。最近、免疫に関連する遺伝子の操作を行ったマウス担癌モデルでの研究から、癌が発生してから進行するまでの間の免疫応答に相反する二面的な役割があることがわかってきた。すなわち、腫瘍特異的抗原の呈示により惹起される抗腫瘍免疫応答がある反面、微小環境における慢性炎症が負の免疫応答を誘導する可能性が示されている。そこで本稿では、消化器癌において、炎症が腫瘍発生を促進する機序と、予後に重要な影響を及ぼすと推測される抗腫瘍免疫機構を賦活する治療の可能性について考察した。

結腸・直腸癌
 炎症は細胞の癌化および癌の浸潤に好都合な微小環境を作り出す。大腸癌のリスクの高い炎症性腸疾患(IBD)ではTNF-αが腫瘍の増殖・発育・転移を促進する作用を持っている。すなわち、TNF-αは癌細胞をより長く生存させたり、血管透過性の亢進、腫瘍細胞の血管外遊走の促進をもたらして全身への転移を助長する。したがってIBD治療では抗体や可溶性受容体などによるTNF-α阻害が重要になってくる。TNF-α受容体p55欠失マウスにdextran sulfate sodium(DSS)+azoxymethane(AOM)を投与すると結腸内での炎症反応が低下し、野生型と比較して結腸癌が発生する率が低くなる。またDSS+AOMを投与した野生型マウスにTNF-α拮抗剤を投与すると免疫担当細胞の浸潤および腫瘍形成の抑制が認められる。
 腫瘍細胞および免疫細胞のいずれにおいてもTNF-αに起因する現象において重要な役割を担うのはNF-κBを介するシグナル伝達経路である。すなわち、IκBキナーゼ(IKK-β)遺伝子の欠失マウスでAOM/DSSにより結腸癌の誘発を試みても、腫瘍の形成は抑制された。一方、骨髄細胞のIKK-β遺伝子の欠失も腫瘍増殖能を低下させたが、これはIL-6などの炎症性メディエーターの産生を抑制したためと考えられる。この結果は、非ステロイド系抗炎症薬療法がNF-κBを介して活性化されるCOX-2を阻害し、IBD患者の結腸・直腸癌リスクを75〜81%低下させたという臨床データとも一致する。こうした知見から、結腸癌の発生においては標的細胞および炎症細胞の両者においてNF-κBを介するシグナル伝達が関与することが明らかになった。
 結腸癌の発生過程においては、TNF-αのほかにtoll-like receptor (TLR)を介してのNF-κBシグナル伝達経路の活性化が関与している可能性もある。TLR刺激に端を発するMyD88経路でのNF-κB活性化が証明されているが、このシグナル伝達経路は遺伝子発現プロファイルの解析から、腫瘍に特異的な修飾遺伝子の誘導、および腸組織修復に関与する遺伝子の誘導という両方に関与していることが明らかになっている。すなわち、創傷治癒促進と腫瘍発生の両方に関与していることが興味深い。
 NF-κBと共同で機能するもう1つの経路はSTATである。STATファミリーの中ではとりわけSTAT-3が炎症に関連する発癌において重要である。STAT-3は最初に種々の増殖因子によって活性化されるが、ひとたび活性化されると様々な可溶化因子を産生して、腫瘍細胞のみならず間質成分をも巻き込んだフィードフォワードループを形成する。そして、このループは前癌状態の微小環境を作り出し、癌が増殖してゆく過程の間は維持されている。興味深いことに、Bacteroides fragilisはヒトやマウスの大腸癌発生に関わっているとされているが、その菌体内毒素はSTAT-3の活性化を強力に誘導することが示されている。
 STAT-3のシグナル伝達は、IL-6やIL-23など腫瘍微小環境に存在する様々なサイトカインに重要な影響を与える。マウスモデルにおいてIL-6阻害により腫瘍増殖が抑制されること、またヒト大腸癌では血清IL-6レベルと腫瘍径が相関していることから、IL-6は重要なメディエーターである。IL-23はヒト大腸癌組織に高度に発現しており、マクロファージと顆粒球の腫瘍への浸潤を増強し、IL-6、TGF-βとの共同作用によってTh17細胞の分化を促進する。Th17細胞は血管新生を促進するIL-17AとIL-17Fを高度に産生する。この因子のないマウスでは腫瘍形成は抑制される。また、IL-23はCD8陽性T細胞の活性化を阻害し、FoxP3陽性Treg細胞を賦活して抗腫瘍作用に拮抗する。STAT-3は腫瘍発生を促進させる炎症を起こす過程において主要な働きをするため、STAT-3を阻害する小分子は臨床において有効性が期待できるかもしれない。
  IBDは炎症メディエーターの過剰産生によって生じる以外に、過剰な免疫反応を制御する因子の欠落によっても起こりうる。最近の遺伝子解析からIBD早期発症例ではIL-10受容体の機能喪失が明らかになった。実際、IL-10やその受容体が欠失しているマウスでは大腸癌に進展する重篤な腸炎が発症してくる。

胃癌
 胃癌では、IL-1βが炎症と免疫に大きな影響を与える。IL-1βはMyD88依存性にNF-κBを活性化し、腫瘍血管新生の促進と抗腫瘍性細胞傷害性リンパ球反応を抑制する骨髄由来抑制細胞を誘導する。Helicobacter pyloriが関連する胃癌は、大腸炎由来の結腸癌と共通する発生機序を示す。実際、細菌感染によりSTAT-3シグナル伝達が活性化して胃癌が発生するが、その一方でIL-10欠失マウスではCD4陽性T細胞とIFN-γが協調して重篤な炎症が引き起こされる。

肝細胞癌
 肝癌の発生機序を調べるために用いられるMdr2ノックアウトマウスではNF-κBの活性化が認められるが、その現象は、抗TNF-α抗体またはCOX-2阻害剤によって阻害された。大腸炎モデルと同様、肝細胞においても、TNF-αがNF-κBを介する不死化経路を活性化して腫瘍形成を促進する。しかし、肝細胞内で選択的にIKK-βを欠失させたマウスにおいては、ジエチルニトロサミンで誘発される肝細胞癌の発生率が著しく増加した。この実験モデルにおける腫瘍の発生は、障害を受けた肝細胞が再増殖する際の機序に関連するものである。
 なお、肝癌発生にはNF-κB以外に、TNFファミリーやIL-1βが関係している。

抗腫瘍性免疫反応と免疫エスケープ
 消化器癌では生体内における様々な応答が腫瘍増殖を阻害し、臨床経過に影響を与えている。浸潤するリンパ球の種類、密度、腫瘍内での分布などは多くの情報を提供する生物マーカーである。CD8陽性CD45R0陽性のメモリーT細胞の浸潤やIFN-γに関連する遺伝子発現が腫瘍組織内で顕著であった場合には、術後あるいは術後補助化学療法後の再発リスクを低下させ、OSを改善する。
 FoxP3陽性Treg細胞が細胞傷害性T細胞の活性を抑制することから、エフェクター細胞とサプレッサー細胞のバランスも患者予後を決定する因子であると考えられる。
 Treg細胞による強力な抗腫瘍免疫抑制作用のほかに、腫瘍自体が別の経路でT細胞の働きを阻害し、免疫逃避機構を構築する可能性もある。その1つがHLAクラスI抗原のプロセシング機構(APM)における構造的・機能的な異常である。APMはβ2マイクログロブリン・HLAクラスI重鎖・腫瘍抗原由来ペプチドの複合体形成および発現に重要な役割を果たすが、この複合体の発現異常または欠失した腫瘍細胞は浸潤したCD8陽性T細胞に認識されない。APMの欠失は進行大腸癌やKras変異またはマイクロサテライト不安定性を示す腫瘍で高頻度に認められる。
 ヒト大腸癌においては、原発巣でMHCクラスIに関連する分子の発現が高度であるほどOSがよい。しかし腫瘍はNKG2Dリガンドを細胞表面から隠蔽することによって、担癌生体内を循環しているCD8陽性T細胞のNKG2D依存性細胞傷害活性を阻害するため、免疫逃避が生じる。
 プログラムされた細胞死機構-1(PD-1)は活性化Tリンパ球にとっては負の制御因子であるが、このPD-1のシグナル伝達はPD-L1またはPD-L2の結合により惹起される。ある種の腫瘍ではPD-L1の発現が亢進しており、その結果としてCD8陽性T細胞の応答を抑制する。膵腺癌や胆管癌においては、腫瘍内でPD-L1が高発現しているほど腫瘍浸潤T細胞は少なくなり、予後も不良であることが示されている。

治療における意義
 本レビューでは、免疫が腫瘍促進と抗腫瘍作用の両面において重要な役割を担うことを概説した。炎症を軽減する効果的な戦略の1つは持続感染を根絶または予防することである。B型肝炎ウイルスやヒトパピローマウイルスに対するワクチンは肝細胞癌や扁平上皮癌のリスクを、H. pyloriに対する抗菌物質投与は胃癌のリスクを減少させる。また、抗炎症薬によって癌進展のリスクが減少した患者集団もある。
 腫瘍の発生を促進する炎症の背景にある機序を詳細に探求した結果、STAT-3やNF-κBなどを介する経路や関連するサイトカインの関与が解明された。細胞障害性T細胞の作用増強やFoxP3陽性Treg細胞の抑制もまた1つの治療戦略であると考えられる。

監訳者コメント

癌微小環境における炎症の関わりの解明と治療への応用

 19世紀後半に、『癌の発生・進展には炎症が大きく関与している』と報告したVirchowの先見の明には頭が下がるが、炎症性腸疾患や微生物感染と癌の発生・進展との関連が近年になって再び注目されてきている。本論文では炎症の場で生じている細胞性免疫および液性免疫に関連する様々な要因を分析し、実際に臨床の現場で遭遇する癌と炎症との関連を、分子レベル・遺伝子レベルで得られている知見を根拠とし、理論立ててレビューしており、興味がもたれる。
 抗腫瘍免疫の分野ではcancer immunoeditingの概念が定着しつつあり、elimination、equilibrium、escapeの3つの過程の中で癌と宿主のキャッチボールが展開されることが認識されている。著者らは、この癌微小環境にさらに炎症という生命現象を絡み合わせ、STAT-3やNF-κBなどを介するシグナル伝達経路や種々の関連サイトカインの抗炎症作用、抗腫瘍作用を提示して、炎症と癌の発生・進展との関連を明らかにしており、今後の消化器癌治療において新たな展開をもたらすものとして期待される。

監訳・コメント:帝京大学溝口病院 杉山 保幸(外科・教授)

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