監修:名古屋大学大学院 医学研究科 坂本純一(社会生命科学・教授)
HER2陽性進行胃癌または食道胃接合部癌治療としてのtrastuzumab+化学療法 vs 化学療法単独の比較(ToGA試験):第III相オープンラベルコントロール対照無作為化試験
Bang YJ, et al., Lancet, 2010; 376(9742): 687-697
進行胃癌または胃食道接合部癌の予後は依然として不良であり、新しい治療法が早急に求められている。TrastuzumabはHER2陽性乳癌の標準療法になっているが、HER2過剰発現の認められる他の癌に対する効果は不明である。本試験では、HER2過剰発現の進行胃癌または食道胃接合部癌に対するfirst-line治療としての化学療法+trastuzumabの有効性および安全性を検討した。
対象は18歳以上の男女で、手術不能な局所進行、再発または転移性胃および食道胃接合部腺癌と組織学的に診断され、HER2過剰発現が認められ、転移巣に対する化学療法歴がなく、ECOG PS 0-2の者とした。
2005年9月〜2008年12月に登録された594例をtrastuzumab+化学療法群(併用群:298例、解析対象は少なくとも1回治療を受けた294例)または化学療法単独群(単独群:296例、同290例)に無作為に割り付けた。単独群にはcapecitabine 1,000 mg/m2を1日2回、14日間経口投与後1週間休薬、または5-FU 800 mg/m2/日を各コースのday 1-5に持続静注+CDDP 80 mg/m2をday 1に静注を3週ごと6コース実施した。併用群には同じ化学療法に加えてtrastuzumab 8 mg/kgを1コース目のday 1に静注し、2コース目以降はPDまたは忍容不能な毒性をみるまで6 mg/kgを3週ごとに投与した。化学療法の用量調節は可能とした。主要評価項目はOS、副次評価項目はPFS、time to progression、RR、奏効期間、および安全性とした。
追跡期間中央値は併用群18.6ヵ月、単独群17.1ヵ月で、OS中央値は併用群13.8ヵ月、単独群11.1ヵ月(以下期間はすべて中央値)と併用群に有意な延長が認められた(HR 0.74、95%CI 0.60-0.91、p=0.0046)。これは、26%の死亡リスク低下に相当する。
PFSは6.7ヵ月 vs 5.5ヵ月(HR 0.71、95%CI 0.59-0.85、p=0.0002)、time to progressionは7.1ヵ月 vs 5.6ヵ月(HR 0.70、95%CI 0.58-0.85、p=0.0003)、奏効率は併用群47%(CR 5%、PR 42%、SD 32%、PD 12%)、単独群35%(2%、32%、35%、18%)でオッズ比1.70(95%CI 1.22-2.38、p=0.0017)、奏効期間は6.9ヵ月 vs 4.8ヵ月(HR 0.54、95%CI 0.40-0.73、p<0.0001)と、いずれも併用群が有意に優れていた。
HER2発現レベルによりhigh群(免疫組織化学法(ICH)で2+かつFISH陽性、またはICH 3+:446例)とlow群(ICH 0かつFISH陽性、またはICH 1+かつFISH陽性:131例)に分けると、OSはhigh群のほうがlow群に比べて延長しており(16.0ヵ月 vs 11.8ヵ月)、併用療法の効果もhigh群のほうが顕著であった(high群およびlow群のHR 0.65、1.07)。このように、trastuzumabの治療効果とHER2発現レベルには有意な相関が認められた(p=0.036)。
有害事象は併用群、単独群間に差はなく、グレード3/4の有害事象の発現頻度はおのおの68%であった。両群で頻度の高かった有害事象(全グレード)は悪心(67% vs 63%)、嘔吐(50% vs 46%)、好中球減少症(53% vs 57%)、食欲不振(46% vs 46%)、下痢(37% vs 28%)で、心有害事象はおのおの6%に認められた。治療関連死は併用群3%、単独群1%であった。
以上のように進行胃癌・食道胃接合部癌患者に対するtrastuzumab+化学療法は化学療法単独と比較してOSを改善させたが、その効果は主にHER2発現レベルの高い患者で認められるものであった。Docetaxel+CDDP+5-FU療法で高率に認められると報告されているグレード3/4の有害事象はtrastuzumab+化学療法では頻度が低く、また心有害事象発現率も低かったことから、trastuzumabは安全性プロファイルに影響を与えることなく標準的な化学療法と併用できることが示された。以上の結果から、trastuzumab+capecitabine+CDDPまたはtrastuzumab+5-FU+CDDPは、HER2陽性進行胃癌・食道胃接合部癌治療の新規の標準的な選択肢となりうる。
胃癌の化学療法において個別化医療の扉が開かれた
本試験によって、胃癌の化学療法において初めて分子標的薬の有効性が示されただけでなく、胃癌の化学療法において個別化医療が導入されたことは極めて大きな意義がある。さらに、HER2陽性乳癌に対して有効であるtrastuzumabが、同じようにHER2陽性胃癌にも有効性が示されたことからみると、今後癌種を越えてbiomarker orientedに薬剤開発が進められる可能性が示されたことにも注目すべきである。乳癌と同様にHER2陽性胃癌が一つの疾患単位となり、現在進行中のlapatinibなどの臨床試験やtrastuzumabを用いた術前後の補助化学療法の臨床試験など、さらなる進歩が期待される。
本試験では、trastuzumab群のPFSが6.7ヵ月であったが、プロトコールでは6コース以降はtrastuzumab単独治療が継続されていた。Trastuzumabの毒性がほとんどなく、単剤でも効果が得られることにより長期のメインテナンスが可能であったことが、本試験の成功のカギであったであろうと推測され、今後の分子標的薬開発においても参考にすべきであるとも考えられる。
最後に、胃癌の新薬開発において、日本、韓国を中心としたアジアの役割を世界に示すことができたことも、新たな時代の到来を告げている。
監訳・コメント:聖マリアンナ医科大学 朴 成和(臨床腫瘍学講座・教授)
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