論文紹介 | 毎月、世界的に権威あるジャーナルから、消化器癌のトピックスとなる文献を選択し、その要約とご監訳いただいたドクターのコメントを掲載しています。

監修:名古屋大学大学院 医学研究科 坂本純一(社会生命科学・教授)

マイクロサテライト不安定性胃癌における癌遺伝子の変異

Corso G, et al., Eur J Cancer. 2011; 47(3): 443-451

 Cetuximabを含む多剤併用療法など、抗EGFR療法の導入によって胃癌薬物療法に新たな可能性が生まれつつある。しかしながら、その効果を予測するバイオマーカーはいまだ不明のままである。肺癌や大腸癌の効果予測指標として広く認知されているEGFRや、その下流のKRASBRAFなどの変化・変異などについての解析報告さえ、胃癌ではいまだ極めて少ない。
 マイクロサテライト不安定性(MSI)大腸癌において3’-非翻訳領域(UTR)におけるA13リピートの変異がEGFRの過剰発現に関わるとの最近の知見も踏まえ、本試験では、MSI胃癌におけるEGFR-MAPKおよびPI3Kシグナル伝達経路における遺伝子変異の頻度を検証した。
 胃癌250例より高度MSI胃癌症例63例を選別して対象とし、胃の腫瘍および正常組織より抽出したDNAを用いてEGFRKRASBRAFPIK3CAMLK3癌遺伝子体細胞変異を、PCR増幅法と直接シークエンス法にて評価した。EGFR発現は免疫組織学的染色にて検討し、これらの解析情報と臨床病理学的因子との関連解析を行った。
 EGFR(3’-UTR polyAリピート)、KRASPIK3CAMLK3の遺伝子変異は、それぞれ63例中30例(47.6%)、11例(17.5%)、9例(14.3%)、2例(3.2%)で見出され、35例(55.6%)において少なくとも1つの癌遺伝子の変異が認められた。
 EGFR変異はホットスポット(エクソン18、19、20、21)では検出されず、EGFR (3’-UTR polyAリピート)の変異を認める30例のうち15例(50%)はモノヌクレオチドA欠失、12例(40%)はジヌクレオチドA欠失、3例(10%)はトリヌクレオチドA欠失であった。これらEGFR変異胃癌では周囲の正常組織と比較して腫瘍細胞におけるEGFR発現が亢進しているのに対し、野生型EGFR胃癌では腫瘍領域におけるEGFR発現は認められなかった。胃正常組織では63例全例が野生型(A13またはA14リピート)であった。これらのことから、大腸癌同様A13リピート変異(欠失)が抗EGFR療法の効果のマーカーとなることが示唆されたが、今回は組織標本の状態が悪く、今後、さらに大規模な集団においてEGFRの3’-UTR polyAリピートにおけるA13欠失とEGFR発現との相関を確認する必要がある。
 KRAS変異が認められた11例のうち7例(63.6%)はコドン12、4例(36.4%)はコドン13の変異であった。コドン12における変異は1例を除く全例がG12Dであり、コドン13における変異はすべてG13Dであった。
 BRAFについては、MSI大腸癌でホットスポット(V600E)における変異が認められたとの報告があるが、本試験では63例全例で変異は検出されなかった。
 PIK3CA変異が認められた9例のうち8例はホットスポット(コドン542、545、1047)における変異で、ヘリカルドメイン(コドン515、542、545)における変異が5例、キナーゼドメイン(コドン1047)に影響を与える変異が4例であった。また、コドン515では新たなミスセンス変異(1544A>G)が検出された。
 MLK3変異は2例(3.2%)に認められ、1例はプロリン‐セリン‐スレオニンリッチなドメイン(A684T)におけるミスセンス変異(2052G>A)で、もう1例はフレームシフト変異(69insG)であった。その他、スプライス部位変異とミスセンス変異を検出したが、いずれも腫瘍と正常組織の両方に存在した。
 なお、遺伝子変異が認められた35例中14例(40.0%)は、いずれも複数の変異を有していた。興味深いことに、これら全例にEGFR polyA欠失が認められた。また、このうち7例はKRAS変異、3例はPIK3CA変異、2例はKRASPIK3CA変異を同時に有しており、EGFR polyA欠失+MLK3およびPIK3CAのミスセンス変異、EGFR polyA欠失+MLK3変異がそれぞれ1例あった。
 癌遺伝子変異と臨床病理学的因子との関連性解析では、女性(p=0.046)、診断時高齢(p=0.001)、ローレンの分類での腸型(p=0.043)、およびR0切除(p=0.017)症例において変異が有意に多いことが示された。KRAS変異は高齢で頻度が高かった(p=0.006)が、その他の因子との関連は認めなかった。
 以上のように、MSI胃癌ではEGFR-MAPKPI3Kシグナル伝達系遺伝子に様々な変異が認められた。なかでもEGFRのA13リピート欠失の頻度が最も高く、複数の変異を有する場合はEGFR A13リピート欠失変異が必ず含まれていた。EGFRMAPKシグナル伝達系遺伝子群の変異は抗EGFR療法に対する抵抗性と、また、EGFR (3’-UTR polyAリピート)欠失変異はEGFR過剰発現と、それぞれ密接に関連していることが報告されており、本試験で得られた分子レベルでの情報は、抗EFGR療法により利益を受けるMSI胃癌患者を層別化する上で重要な役割を果たすものと考えられる。

監訳者コメント

マイクロサテライト不安定性胃癌における抗EGFR療法効果予測バイオマーカー候補

 抗EGFRモノクローナル抗体やEGFRチロシンキナーゼ阻害剤は、いまや肺癌、大腸癌を中心に癌薬物療法において重要な地位を占め、作用メカニズムの解明研究の急速な進展とともにEGFRさらにはその下流のKRASBRAFなどの発現や変異などの有用な効果予測バイオマーカーが策定され、一部は検証を経て、実地臨床での症例選択に利用されるに至っている。本研究は、ようやくにしてこれら抗EGFR療法(薬)が多剤併用療法との組み合わせで高い奏効率を示すことが明らかとなった胃癌において、それら既知あるいは最新のゲノミックマーカー(候補)の解析とその展開の可能性の検証を試み、しかもMSI胃癌を対象としてEGFR polyA欠失変異解析などの有用性を示唆した点で、新規性に富む、価値ある報告と考えられる。しかしながら、残念なことに、これらEGFR-MAPKおよびPI3Kパスウェイ遺伝子群の変異情報と抗EGFR療法の効果との直接比較はなされておらず、MSI胃癌における特性を示すにとどまっている。今後の研究の進展に期待したい。

監訳・コメント:埼玉医科大学先端医療開発センター 西山 正彦(センター長・教授)

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