監修:名古屋大学大学院 医学研究科 坂本純一(社会生命科学・教授)
ゲノムワイドな血清microRNA発現プロファイリングによって同定された5つのmicroRNAが胃癌診断の新たなバイオマーカーとなりうる
Liu R et al., Eur J Cancer. 2011; 47(5): 784-791
背景
現在、胃癌の腫瘍マーカーとしてCA19-9とCEAが用いられているが、特異度、感度共に低いため早期診断には不向きである。内視鏡検査にて早期胃癌の診断は可能であるが、より低侵襲な早期診断方法の確立が望まれている。microRNA(miRNA)は21〜23塩基程度からなる短鎖RNAで、mRNAのように直接タンパク質をコードしないが、遺伝子発現の制御に重要な役割を果たしている。このmiRNAの発現パターンが癌を含む種々の疾患で変化することが報告されており、癌の診断、治療に関するバイオマーカーとして有望視されている。そこで本研究ではこのmiRNAに着目し、胃癌の早期診断を可能とするmiRNAの探索・同定を試みた。
方法・結果胃癌患者164例(平均年齢60.2歳、男性138例、女性26例)、およびこれらの患者と年齢・性別が一致する健常対照者127例の血清を用いてmiRNA測定を行った。血清はあらゆる治療(手術、化学療法、放射線療法)が行われる前に採取された。まず、Solexaシークエンス法により症例群40例、対照群20例の検体を用いて692のmiRNAの発現のスクリーニングを行った(screening phase)。次に20コピー以上検出され、両群間で発現レベルの差を2倍以上認めた19のmiRNAと先行研究で胃癌での発現変化が報告されている2つのmiRNA(miR-20aとmiR-34a)を含めた合計21のmiRNAを定量RT-PCR法を用いて測定した(selection phase)。このselection phaseで残った5つのmiRNA(miR-1、miR-20a、miR-27a、miR-34a、miR-423-5p)をさらに別の症例群142例、対照群105例の検体を用いて、定量RT-PCR法で検証を行った(validation phase)。その結果、検証群においてもこの5つのmiRNAが症例と対照間で有意に発現量に差を認めることが確認された(p<0.01)。さらにこの5つのmiRNAを組み合わせてリスクスコア化することにより、感度80%、特異度81%、陽性的中率88%、陰性的中率77%で胃癌を診断できる可能性が示された。このリスクスコアは早期(I期・II期)患者より進行期(III期・IV期)患者で有意に高値であったことから(p<0.01)胃癌の病期とも相関する可能性が示された。
結論今回同定された5つのmiRNAをリスクスコア化することにより胃癌診断のバイオマーカーになりうることが示された。このmiRNAによるリスクスコアが胃癌に対する治療効果や予後とも相関するのかどうか、今後の研究で検証することが望まれる。
miRNAをターゲットとした新規バイオマーカーの開発
本研究は胃癌の新しいバイオマーカーとしてmiRNAに着目し、健常対照群と比べて胃癌患者で有意に上昇する5つのmiRNAを同定し、この5つのmiRNAの発現をリスクスコア化することによって感度80%、特異度81%、陽性的中率88%、陰性的中率77%の精度で胃癌の診断が可能であると報告している。本研究はまずscreening phaseで692のmiRNAをスクリーニングし、候補として残った21のmiRNAからselection phaseで5つのmiRNAを選択し、さらにこの5つのmiRNAの発現の差をvalidation phaseで検証しており、よく計画された研究デザインと言えるが、以下の2点が気になった。
1. 国内の研究で胃癌患者で上昇すると報告されたmiR-106とmiR-let7aが本研究で示された5つのmiRNAには含まれていないこと
2. 5つのmiRNAをリスクスコア化すれば胃癌の陽性的中率が88%と述べられているが、筆者が計算したところこの陽性的中率に必要な胃癌の罹患率は約70%となった。例えば胃癌検診を受ける集団の実際の胃癌の罹患率は高く見積もっても1%程度であり(ちなみに胃癌の罹患率を1%で計算すると陽性的中率は約8%)、胃癌の罹患率70%というのはどのような対象を想定したのであろうか?
末梢血で測定可能なmiRNAは癌のバイオマーカーとしても現在注目されており、今後のさらなる研究に期待したい。
監訳・コメント:京都大学医学部附属病院 金井 雅史(外来化学療法部・講師)
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