監修:名古屋大学大学院 医学研究科 坂本純一(社会生命科学・教授)
胃癌におけるHER変異の予後予測上の意味:HER2およびHER3は予後不良を予測する
Begnami MD. et al., J Clin Oncol. 2011; 29(22): 3030-3036
胃癌ではHER1およびHER2の過剰発現は予後因子とされ、新規生物学的製剤の標的となっている。しかしその臨床的意味の全貌は解明されておらず、すべての研究がHER2と予後不良との関連を指摘しているわけではない。一方、HER3とHER4についても不明点はあるものの、HER3の発現は予後不良な進行胃癌でしばしば認められ、HER4遺伝子は隣接する胃粘膜に比して腫瘍組織における発現頻度が高い。本試験では、胃癌における新たな予後因子を確立すべく、HERファミリーの遺伝子および蛋白質発現について研究した。
1998〜2006年にブラジルのA. C. Camargo病院で胃癌の全摘または亜全摘術を受けた221例(術後補助化学療法は受けていない)から組織標本を採取し、各HER発現を免疫組織化学染色法(IHC:HER1と2は細胞膜のみ、HER3と4は核と細胞質も染色)にて、遺伝子増幅を蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)にて解析した。HER1と2についてはIHCのスコアは0、1+、2+、3+の4段階とし、2+または3+を陽性、0または1+を陰性とした。HER3と4には、Rajkumarスコア0〜4と染色強度0〜3を用いた。HER3とHER4遺伝子増幅に関する定義は確立されていないが、EGFRの平均コピー数が7以上またはEGFR/CEP7比が1.7以上をEGFR増幅と定義した。HER2増幅はHER2の平均コピー数が10以上またはHER2/CEP17比が2.0以上と定義した。追跡期間は5年間または死亡までである。
HER1は、IHC陽性(3+)が168例中2%、陰性(0、1+)が98%、FISHによるEGFR増幅は2%に認められた。IHCにてHER1発現が認められた腫瘍は全てFISHでの増幅が認められた(p<0.001)。EGFR発現およびEGFR増幅とOSとの間に関連は認められなかった。
HER2陽性は12%(2+は9%、3+は3%)、陰性は88%(0は50%、1+は38%)であった。HER2増幅は190例中8%で認められ、HER2の、IHCによる発現とFISHによる増幅の所見が一致していたのは62.5%であった。HER2陰性例(0、1+)の99%はFISHも陰性であった。HER2発現(2+、3+)とHER2増幅は胃癌の腸型と強力に関連していた(p=0.002、p=0.027)。高分化型または中分化型の腫瘍の大半はHER2発現とHER2増幅を示しており、IHC(p=0.001)およびFISH解析(p<0.001)との一致が認められた。HER2増幅例は非増幅例と比較し、OSが有意に低下していた(p=0.023)。
HER3の発現は、腫瘍細胞の細胞膜、細胞質、および核において認められ、最も多かったのは細胞質であった。Rajkumarスコアに基づくと、193例中64%は細胞質に、34%は核に発現が認められた。FISHによるHER3遺伝子の多型変異または12番染色体変異は検出されなかった。HER3発現(細胞質および核)は胃癌の腸型(細胞質p<0.001、核p=0.020)、高分化型または中分化型の腫瘍(p<0.001)と関連していた。HER3の核発現は血管(p=0.011)およびリンパ管(p=0.002)浸潤と関連しており、核発現を示す胃癌症例は陰性例に比較してOSが有意に低下していた(p=0.035)。
HER4の細胞質発現は183例中23%に、膜発現は18%(1+は29例、2+は3例)に、核発現は2%に認められた。HER4遺伝子の多型変異あるいは2番染色体変異は検出されなかった。HER4発現と関連していたのは、腸型(細胞質p<0.001、核p=0.026)、高分化型および中分化型(p<0.001)、T1/T2期(p<0.001)、リンパ節転移陰性(p=0.039)、ステージI/II(p=0.025)、血管浸潤なし(p=0.010)、リンパ管浸潤なし(p<0.001)、神経浸潤なし(p=0.011)であったが、OSとの関連は認められなかった。
HERファミリーが複数発現している例は179例中125例(69.75%)に認められた。HER2と3の同時発現は15%、うち3%はHER4も発現していた。HER1と2を同時発現している例はなく、HER1と3の同時発現は2%、HER1と4の同時発現は1例のみであった。HER3と4の同時発現が28%と最も高頻度にみられた。HERファミリーの組み合わせに関わらず、同時発現は生存成績と関連していなかった(p>0.005)。
Cox比例ハザードモデルを用いて多変量生存解析を行ったところ、HER2と3のほかに、臨床ステージ、外科的縁、および年齢が生存の独立した予後因子であった。
以上のように、胃癌患者ではHERファミリーの全メンバー発現がみられ、とくにHER2とHER3の発現および遺伝子増幅はともに生命予後の不良因子であった。今後は、個々のマーカーではなくダイマーを解析する新しい予測マーカーの開発が胃癌の生物学および挙動に関するHERファミリーの重要性を理解するのに役立つであろうし、HER標的薬や下流のシグナル伝達経路を標的とする薬剤が新たな胃癌治療の可能性を示すものとなると考える。
HERファミリー は胃癌のバイオマーカーになり得るか?
HER ファミリーはEGFR (HER1)、HER2、HER3およびHER4までの4つのタイプのチロシンキナーゼ活性を有する増殖因子受容体であり、EGFやTGF-αなどのリガンドが知られている。HER2のみそのリガンドが不明にもかかわらず、乳癌においては予後不良因子であり、トラスツズマブの効果予測因子でもある。しかしながら胃癌においては、1980年代からHER2の発現や遺伝子増幅の報告はあるものの、その頻度はIHCで8.2%- 53.4%、FISHでは16.0%-27.1%とさまざまで、予後不良因子としての意義も不明であった。
ようやくToGA試験の結果から、胃癌でもトラスツズマブの有用性がHER2陽性胃癌で有用であることが判明した。しかしながら、必ずしもFISHとIHCの結果も一致せず、IHCの陽性率に関しても未だ統一できていないのが現状である。さらに胃癌の補助化学療法の臨床第三相試験ACTS-GCでのバイオマーカーの検索ではEGFRの強陽性発現は9.0%であり予後不良因子であった。一方HER2発現は13.6%であり予後因子ではなく、今回の報告とも異なった結果であった。
従って、未だ報告によりその検査方法、判定方法、その結果の解釈には一定のコンセンサスはなく胃癌におけるさらなるバイオマーカーの検索が望まれる。
監訳・コメント:岐阜大学大学院 吉田 和弘(腫瘍制御学講座腫瘍外科学分野・教授)
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