論文紹介 | 毎月、世界的に権威あるジャーナルから、消化器癌のトピックスとなる文献を選択し、その要約とご監訳いただいたドクターのコメントを掲載しています。

監修:名古屋大学大学院 医学研究科 坂本純一(社会生命科学・教授)

バレット食道および食道腺癌患者のMSR1ASCC1CTHRC1における生殖細胞系変異

Orloff M. et al., JAMA. 2011; 306(4): 410-419

 バレット食道(BE)は食道腺癌(EAC)の前癌状態と考えられており、慢性の胃食道逆流症(GERD)に起因する。一般人口の1〜10%にみられ、BE患者がEACを発症するリスクは年間0.4%である。BEとEACについては家族内集積が認められることから、その病因として遺伝子が関係していることが推測されるが、BE/EACの大規模な家族内共分離の報告はほとんどない。BE/EACを引き起こす遺伝子内の生殖細胞系変異を発見することが癌のリスク評価、遺伝カウンセリング、発病前診断などに役立つと考え、BE/EACに関連する遺伝子を同定する試験を行った。
 BEまたはEACまたはその両方を有する298例の成人および、2例以上の同症例のいる家族を登録した。まず、同胞解析として、一致罹患同胞(同胞が双方ともBE/EACに罹患している)21ペアと非一致同胞(一方が罹患・一方が罹患していない)11ペアについてモデルフリー連鎖解析にて候補となる遺伝子座を同定した(2005〜2006年実施)。ここで同定された生殖細胞系領域を、BE/EAC患者176例と祖先が一致する200例の対照のケースコントロール解析で検証(SNP解析とハプロタイプ解析)し(2007〜2010年実施)、次に、公的に入手したBE/EAC 19例の体細胞遺伝子発現データと、上記試験で得られたデータとを統合して、変異解析候補とする遺伝子を検出した(2010年)。116例のBE/EAC患者と264例の対照群から、症例にはみられるが対照にはみられない遺伝子変異を同定し、BE/EACの58例で検証した(2010年)。
 主な評価項目はBE/EACに関連する遺伝子の生殖細胞系変異同定と頻度の高い変異遺伝子の機能の検討である。
 連鎖解析では1q24.1-25.3、1q41、8q21.11-22、10q21-22、1q21.2、8p22、11q25の7領域が、ハプロタイプ解析では、1q24.1-25.3、1q41、8q21.11-22、10q21-22、1q21.2、8p22、10q22.1の7領域がBE/EACに関連することが示された。
 これらのデータと19例の体細胞遺伝子発現データから変異解析候補として12の遺伝子を検出した(LHX4DIRC3MARK1KIF26BMSR1TMEM67WDSOF1CTHRC1KCNQ3PRKG1ASCC1OPCML)。このうち、MSR1ASCC1CTHRC1における生殖細胞系変異がBE/EAC患者の11.2%に認められ、一方で対照群には認められないことから、この3遺伝子がBE/EACに関連しているものと考えられた。
 突然変異解析において最も頻度が高かったのはMSR1のc.877C>T, p.R293Xで患者群116例中8例(6.9%)に認められた。58例の検証群でも2例(3.4%)に認められ、計10例(5.4%)がこの変異を示していた(p=0.006)。他に患者群の2例(1.7%)がエクソン5にc.760C>G, p.L254Vを有していた(p=0.19)。ASCC1はエクソン8のc.869A>G, p.N290Sで95例中2例(2.1%)、CTHRC1はエクソン1のc.131A>C, p.Q44Pで89例中1例(1.1%)、58例の検証群1例(1.7%)、計2例(1.4%)に認められた。
 CCND1の変化をMSR1変異患者5例、対照7例についてみると、変異患者では全例で対照群に比べてCCND1濃度が上昇していた。また変異患者から採取したBE組織でもCCND1の発現が上昇していた。反対に野生型群ではCCND1発現は低下していた。
 以上のように、BE/EAC患者におけるMSR1、ASCC1、CTHRC1遺伝子の生殖細胞系変異はBEに関連しており、アポトーシス、自然免疫、極性などの炎症に影響する蛋白質や、TGFB/WNTシグナル伝達経路に影響する蛋白質をコードすることがわかった。しかしこれらの遺伝子変異は症例の一部でしか認められなかったため、大規模なコホート研究を行いリスク評価、発病前診断におけるその有用性を検討する必要があると考えられる。

監訳者コメント

ゲノム統計学的手法を用いた食道腺癌病原遺伝子の探索

 我が国では、食道癌の93%を重層扁平上皮がんが占めており、腺癌は2%弱にすぎない。一方、欧米では、腺癌の占める割合が多く、この30年間で3.5倍に増加している。ほとんどが進行癌で診断されることが多く、予後不良とされている。これまでにバレット食道(BE)および食道腺癌(EAC)は散発性と信じられてきたが、この十数年で家族内集積の報告がみられるようになり、発症に遺伝学的背景が関連していることが推測されている。
 著者らは、BEおよびEACに家族内集積があるという事実から、ゲノム統計学的手法を用いて、病原遺伝子を探る研究を行った。連鎖解析は、疾患の原因遺伝子が染色体のどの位置に存在するのかを、遺伝子マーカーを用いて解析する手法である。すなわち、家族内においては、遺伝子マーカーと疾患の原因遺伝子が近接していれば、これらがともに遺伝するという現象を利用したものである。連鎖解析から始まる一連のゲノム統計学的な手法(SNP解析やハプロタイプ解析など)は、病原遺伝子を同定する場合の一般的な手法である。
 本研究では、最終的に3つの候補と思われる遺伝子が同定された。いずれも炎症に関連する蛋白をコードしているとされるが、本文にもあるように、これらの遺伝子は、罹患患者の11%にしか認められておらず、病原因子であると結論づけるには、さらなる研究が必要である。

監訳・コメント:大分大学医学部 大津 智(腫瘍内科学講座・助教)

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