監修:名古屋大学大学院 医学系研究科 坂本純一(社会生命科学・教授)
1989〜2009年のオランダにおける食道癌および胃癌手術後の死亡率・生存率に対するhospital volumeの影響
Dikken JL. et al., Eur J Cancer. 2012; 48(7): 1004-1013
食道癌および胃癌の治癒的療法は手術であるが、生存率は低く、他の手術に比べて術後死亡率が高い。死亡率を減らし、生存率を改善するために、このようなハイリスクな手術は年間手術数が十分な専門施設において行われるべきであることが示唆されている。オランダでは2006年、食道切除術の施行施設としてDutch Healthcare Inspectorateにより年間最低10件、2011年にはDutch Society of Surgeryにより年間20件実施している施設を指定した。しかし胃切除術に関して最低標準症例数は決められていない。そこで、1989〜2009年のオランダにおける食道切除、胃切除の年間手術件数、術後死亡率、診断時からの生存率(2005年以前は手術日のデータがないため)、リンパ節収率の変化をしらべ、年間手術件数とこれらが相関しているかを調査した。
データはオランダ全土の病院情報を網羅しているNetherlands Cancer registry(NCR)から、1989〜2009年に新規に食道癌または胃癌と診断された71,090例について収集し、入院して切除術を受けた27,436例中、上皮内癌および遠隔転移を除いた24,246例の解析を行った(食道癌10,025例、胃癌14,221例)。食道癌切除術はC15.0-15.9、胃噴門癌切除術はC16.0、非噴門癌の切除はC16.1-16.9とした。
Hospital volumeは食道切除術または胃切除術施行数/病院/年で決定し、very low(1-5件)、low(6-10件)、medium(11-20件)、およびhigh(21件以上)と分類した。
1989〜2009年に年間食道切除施行数は352件から723件と倍増し、胃切除術は1,107件から495件へと減少した。High volumeの病院で行われる食道切除術数は年々増加しているが(1989年7%→2009年64%)、胃切除術数はきわめて少なく8%→5%に減少しており、2009年には大半がlow volumeの病院で実施された。
食道癌の切除率は1989年の31%が2009年には29%とわずかに減少し(p<0.01)、胃切除術は56%から37%へと激減した(p<0.01)。6ヵ月死亡率(患者背景因子で補正後)は、食道切除後では14.8%→7.1%(p<0.001)、胃切除後は15.2%→9.9%(p<0.001)に低下した。3年生存率は、食道切除術後が41.0→52.2%(p<0.001)、胃切除後は55.0%→58.4%(p<0.01)と上昇していた。6ヵ月死亡率および3年生存率の経時的な予後改善をみると、食道切除術のほうが優れていた(いずれもp<0.01)。平均リンパ節収率(補正後)は、食道切除後が10.1→16.2(p<0.001)、胃切除後は8.1→12.4(p<0.001)であった。
以上のデータからhospital volumeと患者転帰の関連について多変量解析を行ったところ、mediumおよびhigh volumeの病院はvery low volumeの病院と比較して食道切除術後の6ヵ月死亡率が有意に低く(very low volumeと比較したhigh volumeのHR 0.48、p<0.001)、3年生存率が有意に優れていた(HR 0.77、p<0.001)。しかし胃切除後に関してはvolumeの違いによる有意差は認められなかった(high volumeの6ヵ月死亡率のHR 1.10、3年生存率のHR 0.98)。
過去20年間でオランダ国内では食道癌が増加しており、それに伴って食道切除術数も増加している。反対に胃切除術数が減っているのは胃癌発症が減っているためであり、胃癌における切除率の有意な低下はステージの術前診断が改善されたことによると考えられる(非治癒因子が存在した場合は切除しない方針であるため)。予後に関しては、食道切除術は実施病院が集中化しており改善が認められたが、胃切除術はおもに症例経験数の少ない病院で施行されており、予後の改善率は高くないことがわかった。胃癌手術の質および周術期管理の改善が早急に求められているといえる。
オランダにおける食道癌および胃癌手術後成績の変遷よりみた日本の役割
オランダでは食道癌の増加とともに食道切除数が倍増している。High volume病院で行われる食道切除術が著明に増加しており、6ヵ月死亡率の半減、3年生存率の向上など、経時的な成績改善が明らかである。多変量解析にて原因を追求したところ、high volume病院への食道癌手術の集中化であると結論された。一方、胃癌は減少しており胃切除術は半減し食道切除数より少なくなった。6ヵ月死亡率の低下や3年生存率の向上はみられたもののわずかであり、食道切除後の成績とあまり差がなくなった。その原因は胃切除術が主に症例経験数の少ない病院で施行されたためであり、胃癌手術の質および周術期管理の改善が早急に求められるとしている。
欧州では最初の二つのRCTにて、D2郭清群の術後合併症・術死率が高く、生存率の優越性もなく、D2郭清の意義は否定された。その後、イタリアや英国の外科医らが手術手技の習得により安全に行えることを示し、現在D2郭清の意義を再検証しつつある。胃癌多発地域である東アジアではD2郭清が広く安全に行われており、D1郭清に対する生存率の優越性がRCTにより示された。わが国ではD2郭清が標準治療であり、リンパ節郭清が胃癌の局所制御にとって重要であることについては国際的コンセンサスが得られつつある。わが国における胃癌外科の治療成績は、短期成績、長期成績ともに極めて良好である。2001年の全国登録では5年生存率69.1%とオランダの3年生存率より良好であった。その要因は優れた診断・治療技術と国民皆保険により保証された医療アクセスの容易さである。また、胃癌取扱い規約を中心として胃癌研究に一致団結して努力した成果と思われる。胃癌診療のリーダ−として日本の技術、制度、精神を世界に向けて発信していく必要性を痛感する。
監訳・コメント:新潟県立がんセンター新潟病院 梨本 篤(副院長)
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