論文紹介 | 毎月、世界的に権威あるジャーナルから、消化器癌のトピックスとなる文献を選択し、その要約とご監訳いただいたドクターのコメントを掲載しています。

3月
2013年

監修:東海中央病院 坂本純一(病院長)

胃癌を対象としたD2胃切除後の長期生命予後を予測するノモグラム

Han D-S, et al. J Clin Oncol, 2012 : 30(31) : 3834-3840

 遠隔転移のない胃癌(M0)に対し、根治が期待できる治療法は周辺リンパ組織を含めた胃切除術である。2010年に発表されたAJCC(American Joint Committee on Cancer)のTNM分類第7版では、M0胃癌のリスク群を病理学的浸潤度と転移リンパ節数に基づいて7群に分けている。しかし患者の年齢、性別、腫瘍径、癌の分化度など他にも考慮すべき因子があると考えられる。いくつかの疾患では、こうした予後因子を組み合わせてリスクを定量化するノモグラムが開発されてはいるが、胃癌の予後を予測するノモグラムは数少ない。
 世界でも胃癌発症率の高い韓国では医師の手術経験が豊富で、安全なD2切除術がルーチンに行われており、ソウル大学病院(SNUH)の胃癌データはAJCCのTNM分類に反映されている。そこで、SNUHのデータをもとに、生命予後予測ノモグラムを作成した。
 データは1986年1月1日〜2007年12月31日にSNUHの外科で胃癌手術を受けた患者の中から、原発胃癌であること、悪性疾患の併発なし、術前化学療法なし、遠隔転移なし、R0切除術実施、検査リンパ節数15以上の条件をすべて満たす7,954例を抽出し、背景因子、病理学的特徴、術後補助化学療法歴、追跡情報などを得た。そして7,954例のうち5,300例を試験群としてノモグラムを作成し、2,654例を検証群としてノモグラムを検証した。また、検証は日本のがん研有明病院(CIAH)の2,500例でも行った。
 まず、患者の背景因子および臨床病理学的特徴を調べた。年齢(40歳未満、40〜49歳、50〜59歳、60〜69歳、70歳以上)、性別、腫瘍部位(胃上部、中部、下部)、浸潤の深さ(粘膜、粘膜下層、筋層、漿膜下層、漿膜、周辺臓器)、転移リンパ節数、検査したリンパ節数をCox比例ハザード回帰モデルに投入し、ステップワイズ法にて有意差(p<0.05)の認められたものを選択した。
 有意差の認められた因子は年齢60〜69歳(HR 1.54)、70歳以上(2.26)、女性(0.80)、胃中部(0.83、p=0.011)、胃下部(0.75)、筋層(1.59)、漿膜下層(1.59)、漿膜(3.35)、周辺臓器(7.31)、転移リンパ節数1〜2(1.29、p=0.003)3〜6(2.05)、7〜15(3.25)、16個以上(5.63)、検査したリンパ節少数(0.91)であった(胃中部および転移リンパ節数1〜2を除いてすべてp<0.001)。
 これらの因子のハザード比に基づいて5年OS、10年OSを予測するノモグラムを作成した。ノモグラムでは、個々の症例について各因子のポイントを0〜100ポイントまでのスケールから割り出し、その合計を総ポイントのスケール上に置いて、5年あるいは10年OSを調べることができる。
 SNUH検証群においてノモグラムの識別能力をAJCCの TNM分類第7版とで比較したところ、Harrell’s C-indexは0.78(95%CI 0.73-0.82)vs 0.69(0.64-0.74)でノモグラムが有意に優れていた(p<0.001)。ノモグラムのキャリブレーションを行ったところ実際の生存率に近い生命予後を予測し、誤差は10%以内であった。またCIAH検証群のHarrell’s C-indexは0.79(95%CI 0.73-0.85)であり、キャリブレーションの結果実際の生存率のほうが予測よりやや高かったものの、誤差は10%以内であった。
 胃癌患者におけるD2切除後の5年OS、10年OSを予測するノモグラムを作成した。SNUHおよびCIAHのデータでこのノモグラムを検証したところ、識別能力はAJCCのTNM分類第7版に比べ優れており、キャリブレーションも良好であった。胃癌発症率が高くD2切除がルーチンに行われている韓国や日本では、このノモグラムは個々の患者の生命予後予測を改善する臨床ツールとして有用であると考えるが、一般化するには欧米のコホートでの検証が必要であろう。

監訳者コメント

大規模な患者コホートデータを用いた予後予測モデルとその実地応用ツールとしてのノモグラム作成

 本研究は韓国・日本における胃癌に対するD2リンパ節郭清を伴う胃切除術を受けた患者コホート集団の追跡データを用い、生存に関するノモグラムを作成、検証した研究である。
 ノモグラムという用語にはなじみがないかもしれないが、ある関数による計算を、グラフィカルな形で行うことを可能にする極めて実用的なツールである。本研究では、比例ハザードモデルにより構築された予後予測モデル(関数)により、5年生存率、10年生存率を計算するノモグラムが作成されている。研究の肝心な部分は、いかにモデル構築部分を精度の高いものにできるか、ということに尽きる。これを可能にしたのは、AJCCのTNM分類よりも更に詳細な臨床情報を伴う包括的な大規模患者コホートの存在である。ソウル大学の患者コホートからモデル構築用に選ばれたデータは5,300例という規模である。Harre’s C-index(ROC解析におけるAUCと同様の指標)によるAJCCのTNM分類のみのモデルと比較において、構築されたモデルの予後予測能は優れていた。モデルの再現性も、ソウル大学の検証用患者、がん研有明病院患者いずれのデータにおいても、高いものであった。
 本研究の外的妥当性に関しては、考察にもあるとおり、患者の選択のされ方、術後化学療法の取り扱いなどから注意が必要である。さらに、再発後治療などの時間依存性の要因に関しても考慮されていない点、モデル構築のために用いた患者の対象年が約20年と幅広いことなども、実測予後とモデル予測予後の誤差につながっているであろう。
 他施設における本ノモグラムの利用に関しては、若干の注意が必要ではあるが、現状のTNM分類よりも精度が高くなるという点に関しては、十分な実用性を備えているものと考えられ、少なくとも日本・韓国における実地臨床において参考に値するものであろう。

監訳・コメント:愛知県がんセンター研究所 松尾 恵太郎(疫学・予防部・室長)

論文紹介 2013年のトップへ
このページのトップへ
MEDICAL SCIENCE PUBLICATIONS, Inc
Copyright © MEDICAL SCIENCE PUBLICATIONS, Inc. All Rights Reserved

GI cancer-net
消化器癌治療の広場