監修:東海中央病院 坂本純一(病院長)
食道癌患者に対する放射線化学療法±cetuximab療法(SCOPE1): 多施設共同第II/III相ランダム化試験
Crosby T. et al. Lancet Oncol, 2013 ; 14(7) : 627-637
食道癌では手術不適応の患者に対する代替療法として放射線化学療法(CRT)が標準的に行われるようになっており、長期の疾患コントロールが可能であるが、未だ多くの患者の予後は不良である。CRT後の再発、転移形式は手術治療と異なり局所再発が高頻度である。したがって、予後改善のために全身療法、局所療法としての根治的放射線化学療法の改善が急務である。
EGFRは食道癌の55%に発現し、予後不良に関連している。抗EGFR抗体cetuximabは、化学療法との併用により大腸癌や頭頸部扁平上皮癌の治療成績を改善したことが報告されている。さらにcetuximabが放射線抵抗性の重要なメカニズムを打破することが示され、第III相試験では頭頸部の扁平上皮癌に対するcetuximab+放射線併用療法は放射線単独療法(RT)に比べ局所コントロール、OSで優れていたという結果が得られた。
そこで、食道癌症例においてもcetuximabの上乗せ効果が期待できるのではないかと考え、CRT+cetuximab併用療法の有効性と安全性を調べる多施設共同第II/III相ランダム化臨床試験を行った。
対象は組織学的に食道癌(腺癌、扁平上皮癌、未分化癌)または食道胃接合部癌と診断され、遠隔転移のないI〜III期、18歳以上、WHO基準のPS 0/1の患者とした。症例はCRT+cetuximab療法(CRT+c-mab群)またはCRT単独療法(CRT群)にランダム化した。化学療法は両群とも同じレジメンで、CDDP 60mg/m2をday 1に静注、capecitabine 625mg/m2をday 1〜21に経口投与を3週ごとに4コース実施した。3〜4コースは放射線療法を同時に行った。cetuximabは400mg/m2を化学療法のday 1に、その後は250mg/m2を週1回静注した。capecitabineが服用できない場合はfluorouracil 225mg/m2/日をday 1〜21に静注した。
本臨床試験は第II相試験と第III相試験の2段階で構成され、第II相試験の主要評価項目は24週時(治療完了後12週目)の治療成功率(TFF rate : treatment failure free rate)、副次評価項目は安全性、QOL、PFS、治療コンプライアンスとした。TFF rateは生検で残存腫瘍がなく、CTにて照射野外での病勢増悪が認められない状態で患者が生存していることとした。
2008年2月〜2012年2月に英国の36施設から258例が登録、CRT+c-mab群129例、CRT群129例にランダム化された(追跡期間中央値16.8ヵ月)。本臨床試験は、最初の180例に対する初回解析で試験登録条件であるTFF rate 75%以上を満たせず、症例登録は中止されたため、第III相試験には至らなかった。しかし登録済症例の治療と追跡は継続され、全例について24週の評価が終了した時点で今回の解析を行った。
治療コンプライアンスは、4コースのCDDP完了(77% vs 90%、p=0.005)、capecitabine完了(69% vs 85%、p=0.002)、放射線療法実施(81% vs 92%、p=0.006)といずれもCRT群が優れていた。CRT+c-mab群では69%が4コースのcetuximab投与を完了した。
主要評価項目である24週時のTFF rateはCRT+c-mab群66.4%(95%CI 58.6-73.6)、CRT群76.9% (95%CI 69.7-83.0)でCRT+c-mab群が不良であった。24週時における治療成功症例は、増悪症例に比べてOS中央値が有意に延長していた(26.7ヵ月 vs 8.3ヵ月)。24週時の治療成功例172例中102例(62%)は追跡終了時無進行で生存し、40例(23%)は病勢進行をみながら生存、25例(15%)は死亡していた。24週前に死亡した症例のうち食道癌を死因としたのはCRT+c-mab群65%、CRT群50%であった。
OS中央値はCRT+c-mab群22.1ヵ月、 CRT群25.4ヵ月でCRT+c-mab群が有意に予後不良であった(補正後HR 1.53、p=0.035)。OSに関するサブグループ解析では、手術不適応の理由、組織型、臨床病期のいずれにおいてもCRT+c-mab群が予後不良だった。同様に2年OSでは41.3% vs 56.0%、PFS中央値は15.9ヵ月 vs 21.6ヵ月(補正後HR 1.29、p=0.18)とCRT+c-mab群が予後不良だが、有意差は認めなかった。
グレード3/4の有害事象は、血液毒性が21% vs 28%で差を認めなかったが、非血液毒性では79% vs 63%でCRT+c-mab群で高頻度であり(p=0.004)、とくに皮膚障害(22% vs 4%)、代謝/生化学検査値異常(24% vs 11%)、心障害(6% vs 2%)の発現頻度が高かった。
QLQ-30を用いた身体機能評価、QLQ-OES18による嚥下機能評価はともに、13週時において両群間に差を認めなかった。
以上のように、食道癌患者に対する放射線化学療法とcetuximabの併用療法は放射線化学療法に比べ毒性が強く、治療コンプライアンスも低く、OSも不良であり、cetuximabの上乗せ効果は認めなかった。したがってCDDPとcapecitabineをベースとした根治的放射線化学療法にcetuximabを併用することは勧められない。しかし、根治的放射線化学療法については期待のもてる結果が得られたことから、今後はバイオマーカーを用いた全身療法や、より安全に実施できる高線量の放射線療法を確立するなど、標的療法的なアプローチを研究することが望まれる。
食道癌に対するCRTへの抗EGFR抗体上乗せ効果は得られず
本臨床試験は、第II相試験の初回解析の結果が悪く症例登録が中止され、第III相試験には至らなかった。中止理由としては、CRT+c-mab症例はTFF rateが66.4%と低いこと、有害事象が多い、治療コンプライアンスが悪い、予後不良、QOLはCRT症例と比較し軽減しないことなどで、cetuximabを付加することの悪い部分が指摘された。
今回の結果は、他の臨床試験と同様に本試験でも食道癌に対するCRTへの抗EGFR抗体の上乗せ効果は得られなかった。その理由として、CRT+c-mab症例はcapecitabineの減量が多く、放射線治療を受けられなかった症例が多いことに加え、cetuximabの作用が化学照射線治療と負の相互関係にあることなどが考察された。一方で、根治的放射線化学療法については期待のもてる結果が得られ、さらなる研究が必要であると結論付けられた。
今後の展望としては抗EGFR抗体に頼らず、いかにCRTを強化する治療法を構築するかが課題である。食道癌の予後を左右するのは、遠隔転移と局所再発であることは明らかであり、全身療法と局所療法の両面から治療戦略を構築すべきである。化学療法は、それ自身の食道癌に対する効果と、放射線治療の感受性を高め、抵抗性を克服する効果を有するべきであり、今後はバイオマーカーを用いた治療法の確立が必要である。放射線療法は高線量の臨床試験を組むと、治療関連死が増加し試験中止になることがあるが、線量や照射範囲がmodulationされ、より効率的に高線量が腫瘍に照射できる新しい放射線治療技術の開発が望まれる。
監訳・コメント:藤沢市民病院 山岸 茂(外科医長)
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