監修:東海中央病院 坂本純一(病院長)
INT-0116/SWOG9008試験における胃または食道胃接合部腺癌のHER2遺伝子増幅に関する解析
Gordon MA, et al., Ann Oncol., 2013 ; 24 (7) : 1754-1761
胃癌では、HER2遺伝子増幅またはHER2蛋白過剰発現が5〜53%にみられるとされている。転移を有する胃癌患者を対象として施行された第III相試験(ToGA)では、trastuzumabと化学療法の併用によりOSに有意な改善が認められたことが報告され、HER2が胃癌治療薬における重要なターゲットであることが示された。しかし、全身療法に対する予後予測因子としてのHER2の評価については意見の一致をみていない。そこで、今回、胃癌に対する手術単独療法と術後補助化学放射線療法の効果を比較したINT-0116/SWOG9008試験において、HER2遺伝子増幅/HER2蛋白過剰発現は予後予測因子であるとの仮説をたて、検証をおこなった。
INT-0116/SWOG9008試験ではR0切除を受けたIB期〜IV期M0の胃または食道胃接合部腺癌患者を対象に、切除後、手術単独群(O群)または5-FU+LV+局所限局照射を行う群(RC群)にランダムに割り付けられた。5-FUは425mg/m2/日、LVは20mg/m2/日を5日間投与し、化学療法開始後28日後から4500cGy(180cGy/日×5日/週×5週)の放射線療法を開始し、放射線療法中には、5-FU+LVの用量を調整し、放射線治療開始後4日間と終了前の3日間に投与した。放射線療法終了後1ヵ月から5-FU+LVを1ヵ月間隔で2コース実施した。
胃癌組織標本からHER2遺伝子増幅をFISH法とSISH(silver in situ hybridization)法で、HER2過剰発現は免疫組織化学法(IHC)で評価し、OS、DFSとの関連を調べた。
1991年8月〜1998年7月に登録された適格患者559例のうち、258例の腫瘍組織標本を入手し、FISH法によるHER2遺伝子増幅状況が評価できた。258例の主な背景因子は年齢中央値59歳、男性69%、女性31%であった。部位は近位26%、中部34%、遠位40%、組織型は腸型53%、びまん型36%などであった。Tumor stageはT3 63%、治療内容はO群49%、RC群51%で、腫瘍組織が入手できなかった301例の背景因子と有意差はなかった。また、258例のDFS中央値は20ヵ月(O群15ヵ月、RC群30ヵ月)、OS中央値は29ヵ月(O群23ヵ月、RC群35ヵ月)であった。
FISH法によるHER2遺伝子増幅は全258例中28例(10.9%)、O群では126例中17例(13.5%)、RC群では132例中11例(8.3%)に認められた。28例中27例が腸型であり、HER2遺伝子増幅は組織型と有意に関連していた(p<0.001)が、他の背景因子との関連はみられなかった。なお、FISHで得られた結果をSISHと比較したところ、評価可能77例中71例で増幅状況が一致した。
O群のDFS中央値(以下、DFS、OSはすべて中央値)はFISHによるHER2遺伝子増幅例11ヵ月 vs 非増幅例17ヵ月(p=0.60)、OSは22ヵ月 vs 24ヵ月(p=0.76)で、HER2遺伝子増幅の有無によるOS、DFSの有意差は認められなかった。したがって手術単独群においてHER2遺伝子は予後不良のマーカーとはならないと考えられた。
RC群ではDFSは増幅例13ヵ月 vs 非増幅例34ヵ月(p=0.026)、OSは16ヵ月 vs 44ヵ月(p=0.025)と、DFS、OSともに増幅例で有意に不良であった。
このDFSとOSに関してHER2遺伝子増幅と治療の相関関係からHER2遺伝子増幅状況の予後予測価値を評価したところ、DFS、OS双方に有意な相関関係が認められた。非増幅例ではRC群に対するO群のハザード比(HR)は OSが1.58(95%CI 1.17-2.14、p=0.003)、DFSが1.87(95%CI 1.39-2.53、p<0.001)であることから、HER2非増幅例では術後治療の有無が予後に有意に影響することが示唆された。
一方、HER2増幅例ではOSのHRは 1.44(95%CI 0.44-4.75、p=0.55)、DFSは 1.10(95%CI 0.36-3.34、p=0.87)で、術後補助療法による生命予後の改善は得られていないことがわかった。
次にHER2過剰発現について評価した。評価可能症例は148例(O群70例、RC群78例)で、IHC2+/3+は18例(O群11例、RC群7例)、IHC0/1+は130例であった。DFSはO群ではIHC2+/3+例18ヵ月 vs IHC0/1+例11ヵ月(p=0.76)、RC群ではそれぞれ11ヵ月 vs 47ヵ月(p=0.17)、OSはO群25ヵ月 vs 16ヵ月(p=0.83)、RC群13ヵ月 vs 52ヵ月(p=0.29)であった。治療と過剰発現の関係をみると、HER2遺伝子増幅の場合と同様、術後補助療法のベネフィットが得られたのはHER2過剰発現をしていない症例に限られていたが、有意な相関関係は認められなかった。
INT-0116/SWOG9008試験では、術後補助化学放射線療法を受けた患者は手術単独療法の患者に比べて生存成績が優れていたが、HER2に基づいた本解析により、そのベネフィットを受けられるのはHER2遺伝子増幅のない患者に限られている可能性が示された。またHER2発現状況は5-FUベースの術後放射線化学療法の奏効に関する予測マーカーにはなるが、予後予測マーカーとはならないと考えられた。5-FUベースの放射線化学療法による延命効果を得られなかったHER2遺伝子増幅患者にはtrastuzumabのようなターゲット療法を併用することが支持されるが、本解析では増幅例は28例(11%)と少なく、結果の解釈には注意が必要である。
胃癌の術後補助化学放射線療法が標準治療とされる根拠となった米国での臨床試験の検体を用いたHER2発現に関する研究
SWOG9008/INT-0116(Macdonald, J : N Engl J Med 2001)の結果、米国では術後の化学放射線療法(CRT)が標準治療とされている。10年以上の追跡期間を経た同試験の最終解析がJ Clin Oncol, 2012に報告され、局所再発の制御によりOS、RFSともCRTによる有意な改善が初回解析と同様報告された。
本報告はSWOG9008/INT-0116の検体を用いたHER2発現に関する研究である。20年近く前の試験であり、検体集積が芳しくなくFISH法で約半数、IHCでは約1/3の症例でしか測定が行えていなかった。FISH法の陽性率が低い原因としては胃食道接合部腺癌の比率が少なく下部胃癌の比率が多かったことが考えられる。
結論としては手術単独群においてHER2遺伝子は予後不良因子とはならないと考えられている。この結果は、本邦からのACTS-GCの結果と同様にあり、胃癌根治切除例においてHER2 は予後不良因子とはならないことが確認された。
一方で、化学放射線療法群では、HER2 陽性例で有意に生存期間が不良であると報告されてはいるが、11例とわずかな症例での検討であるためさらなる検証が必要と考えられる。
現時点ではHER2 発現と化学放射線療法の効果との関連を示唆するこれ以外の報告もなく、今後、術後補助化学放射線療法を用いたこれ以外の臨床試験での検証が期待される。
監訳・コメント:神戸市立医療センター 中央市民病院 辻 晃仁(腫瘍内科部長/がんセンター長)
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