佐藤 先ほど、精神症状の面からもがん疼痛の管理が重要であるとのお話がありましたが、次はそのがん疼痛について、木澤先生、解説をお願いいたします。
木澤 私からは、抗がん治療に携わる先生方に知っておいていただきたいことを簡単にお話ししたいと思います
(表3)。
1つめはごく一般的な話ではありますが、患者さんに苦痛がないかを常に尋ねること。それも「痛くありませんか」ではなく「何かつらいことはありませんか」というように、痛みだけでなく諸症状を尋ねることが非常に重要です。多くの患者さんは、苦痛があっても「治療とは関係ないから」と訴えないのです。
佐藤 こちらから尋ねないと、なかなかおっしゃらないですね。
木澤 特に年配の患者さんは我慢しがちです。2つめは、日常生活で困っていることについても必ず尋ねてほしいということです。例えば、がんの進行によってADLが低下して、2階の居室から1階のトイレに行けなくて困っている場合でも、こちらが尋ねて初めて「あ、こんなことも相談していいのですね」とおっしゃる方が多いのです。
3つめは、前回のコミュニケーション・スキルのときにもお話ししましたが、患者さんの人生に興味をもっていただきたいということ。「この患者さんは、今日はなぜここに来て、このことを訴えているのだろう」と常に考えることが重要です。家族のバックグラウンドや、身近に相談できる相手がいるかどうかを把握することが大切です。以上の3点は、いずれもがん疼痛を診る上でベースとなる重要なポイントです。
4つめは、抗がん治療中に生じた疼痛を、「治療効果が出てくれば改善するから」と放置しないことです。疼痛治療薬によって消化管合併症を引き起こしたり、せん妄を惹起することもありますが、こうした副作用も考慮しながら、抗がん治療と並行して痛みの治療も行っていただきたいと思います。
痛みの治療に関しては、基本となるWHO方式のがん疼痛治療法
(図1) を修得することが重要ですが、決して難しいものではありません。WHO方式では鎮痛薬は3段階に分けられています。1つの段階ごとに1〜2剤、それに鎮痛補助薬とコルチコステロイドを加えた計10種類ほどの薬剤について習熟していただければ、まずは十分だと思います
(表4)。
吉野 若い医師を見ていると、患者さんに「痛いですか」と聞き、「痛くありません」と答えが返ってくると、そこで会話が終わってしまうのですよね。ところが、よく聞いていると「頭痛薬をのむと楽になる」とか、「痛くはないけど腰がこる」といったことを話しているのです。患者さんの“張る”“違和感がある”といった言葉が痛みに準じたものであることを理解していない医師が多いですね。鎮痛薬を使用すれば楽になるのに、我慢している患者さんが多いように思います。
木澤 “痛くはないけれども、重い感じがする”と表現する患者さんも多いですね。
佐藤 木澤先生がおっしゃっていたように、日常生活について聞いていくと、そこから不具合から浮かび上がってくることが多いですね。「いかがですか」と尋ねると、「大丈夫です」とお答えになるのですが、「どうやって暮らしておられますか?」「何を召し上がりましたか?」といった日常生活に関する質問をすると、さまざまな苦痛や不具合が明らかになることが多いように思います。
木澤 WHOでは鎮痛薬の頓用を推奨していませんが、私自身は積極的に頓用処方をし、患者さんが痛いときに使っていただくようにしています。例えば、鎮痛薬の定期服用がない方にはNSAIDs (非ステロイド性消炎鎮痛薬) を、NSAIDsを定期的に服用している患者さんにはオピオイドを頓用処方します。特に疼痛治療の導入時に頓用をうまく使用することは、非常に重要だと思います。
佐藤 「これ以上薬剤を増やしたくない」と定期的な服用を拒否される患者さんでも、頓用は受け入れられるケースが多いですね。
森田 2008年のAnnals of Oncologyに、なぜ患者さんがオピオイドの投与を拒否するのかを検討した質的研究が掲載されています
3)。従来は医療用麻薬に対する誤解を解けば、患者さんはオピオイドの投与を受け入れると考えられていましたが、この報告ではオピオイドを拒否する理由として、次の2つの理由を挙げています。
1つは、以前、家族の立場でオピオイドの説明を受けた際、医師が「もう駄目かもしれない」と話したような記憶があるため、自分が患者になったときに服用できない、というもの。もう1つは、「薬をのむと楽になります」といわれると、“comfort for dying”、つまり楽になったまま最期を迎えるイメージを受けるというものでした。
一方、オピオイドを投与すると痛みがなくなり、「階段が昇れるようになる」「食事の際、長時間座っていられる」といった説明をされると、受け入れやすくなるということでした。投与の目的が“comfort for living”、生活しやすくするためだと示すことが大事なのですね。定期的な服用を指示されると「服用をやめられなくなるのではないか」と思うが、むしろ「からだに合わなければやめてもよい」と説明される方がのみやすいとの声がありました。これはとても興味深い研究だと思います。
木澤 自分ではコントロールできなくなるイメージがあるのでしょうね。
佐藤 吉野先生は、実臨床でがん疼痛について注意されていることはありますか。
吉野 私は、初診時に必ず痛みの有無を確認して、痛みがあれば、化学療法よりもまず痛みをとることを優先します。痛みの治療は薬物療法が中心ですが、骨転移の場合は放射線療法も併用します。痛みから解放されないうちに化学療法を開始すると、いたずらに医療用麻薬の量が増えるだけですし、治療について十分理解できないケースもあります。
これは私個人のやり方ですが、できるだけ早期に化学療法を開始することを考え、疼痛治療の介入をしたら数日後、遅くとも同じ週のうちに評価するようにしています。短期間で痛みを改善して、早めに化学療法をスタートするという流れをつくることが重要だと思います。
木澤 私も同意見です。私の場合は、初回に疼痛治療薬を出しておいて、翌日と3日後ぐらいに電話で様子を尋ね、痛みが改善していれば続けて薬をのむように指示しています。疼痛治療薬の効果は1日みたら大体わかりますので、吉野先生のやり方は正しいと思いますね。