緩和ケアの巻 緩和ケア編
第9回 緩和ケアの巻 2012年2月3日 シャングリ・ラ ホテル東京にて
3. 知っておくべき緩和ケアの基本:終末期の対応

鎮静の導入を決断する家族のつらさに配慮する

佐藤 消化器癌では、比較的短期間で増悪する患者さんを多々経験しますが、終末期の諸症状への対応として、鎮静と輸液治療について森田先生にお聞きしたいと思います。

森田 まずは鎮静についてお話ししたいと思います。表5は、鎮静を導入する際のご家族への説明のポイントをまとめたもので、そのベースとなったのが、患者さんのご遺族を対象に行った鎮静に対する満足度とつらさの調査です (表6) 4)
 特に若い先生などでは、「明日から睡眠薬を使うかどうか、ご家族で決めてください」と言って終わるケースもあると思いますが、ご家族は鎮静の導入を決める責任をすべて負うことに負担感を抱いています。よく“shared-decision making”といいますが、「AとBとCと3つ方法がありますが、私はずっと診てきた医者として、これをお勧めします」と話すことで、ご家族の負担を少しでも肩代わりするのがよいと思います。
 また、鎮静によって寿命が短くなったと感じているご家族も少なくないことから、「鎮静は寿命を短縮しない」というエビデンスがあることをはっきりと告げることが、ご家族が罪悪感をもたずに過ごすためには重要と考えられます。

吉野 鎮静を導入する際、ご家族は患者さんが話せなくなる、このまま眠ったままになる、と勘違いすることがありますよね。そうではなく、苦しくない程度にして、会話がわかるようにできることを説明する必要があると思います。

佐藤 私が懸念しているのは、十分なコンセンサスが得られていない段階で、鎮静を行う方向に走ってしまうことです。鎮静を行うのであれば、医師1人の考えではなく、チームでじっくり話し合って決めるべきだと思います。

森田 日本緩和医療学会の「苦痛緩和のための鎮静に関するガイドライン」でも、鎮静の実施要件の1つとして、チームで検討した上で合意が得られていることを挙げています。

吉野先生 吉野 ご家族の気持ちがまとまるまで少し待つことも必要でしょうか。

森田 患者さんが苦しくて鎮静を望んでいたとしても、ご家族の決心がつかない場合があります。ですから、その間を取るような――うとうとできるような方法を提案するのもよいと思います。

吉野 夜だけ鎮静を行うという選択もありますね。患者さんの側から「少し話をしたいので、夜だけの鎮静にしてほしい」と希望されることもありますし。

佐藤 夜間に穏やかな表情をしている患者さんの寝顔を見ると、ご家族の決心もつきやすいかもしれませんね。

輸液量は個人ベースでのtry and errorで調整する

佐藤 終末期の対応は難しい問題も多いのですが、輸液についてはいかがですか。

森田 輸液量は、一般に以前よりも少なめでよいとされています。我々が行った観察研究では、1,000mL以上の輸液により、腹水・胸水ともに悪化するケースが多いことがわかりました5)。ただ、個人差が大きいので、輸液量を決めて治療を開始した後も、数日ごとに評価・見直しをするなど、個人ベースでのtry and errorが必要であることがガイドラインにも記載されています (図2)。また、終末期になると、インアウトバランスを計算して輸液をしても、血管内にとどまらずサードスペースに逃げてしまうことが多く、計算上の輸液バランスが患者さんの実際の変化を必ずしも予測しないことが明らかになっています6)。したがって、患者さんの状態を直接見て評価し、輸液量を決めることが重要です。

佐藤 患者さんやご家族の気持ちに配慮することも大切ですね。

森田 その通りです。輸液を希望されない患者さんやご家族もいらっしゃるのですが、何か不安に感じておられることがあるのか、あるいは“自然に任せたい”といった希望や価値観があるのか。それらを知り、サポートすることが重要です。
 逆に、なかには患者さんが経口摂取できなくなり、点滴をする・しないの話になったとき、「何かしてあげてください」と強くおっしゃるご家族もいらっしゃいます。こうした家族の背景について調査した結果、“何もしてあげられないと自分を責めた”、または“脱水になると苦しくなると思った”というご家族は、つらさのオッズ比が有意に高いことが示されました7) (表7)。したがって、医師は、脱水になってもさほど苦しくはならないこと、かえって溢水のほうが苦しくなることを、ご家族にきちんと伝える必要があります。
 また、私の経験では、ご家族に「ひょっとして、ご自身を責めておられることがありますか」と尋ねると、「ずっと咳をしていたのに、私が気づかなかったから、こんな状態になってしまったのでは」などと、ご自分を責めている方が多いのです。その罪悪感が解消されないから、「今何かしてあげたい」と強く思うのだと推測されます。ご家族の自責の念に目を向け、そのような気持ちをもっていることがわかったら、看護師にフォローしてもらうなどの対策をとるとよいと思います。心情を吐露できるだけでも、気持ちがすっとおさまることもありますから。

希望の療養場所を意識して治療内容をアレンジする

佐藤 近年は在宅医療の広がりにより、自宅で最期を迎えたいという方も増えていますが、最後に地域連携について森田先生にうかがいたいと思います。森田先生は2008〜2010年の厚生労働省「緩和ケア普及のための地域プロジェクト (OPTIM)」では、戦略研究リーダー補佐を務めておられましたね (参照:OPTIM がん対策のための戦略研究「緩和ケア普及のための地域プロジェクト」)。

森田先生 森田 私からは地域連携のポイントを2つお話したいと思います。1つは、患者さんの療養場所の意向 (preferred place of care) を意識していただきたい、という点です。患者さんがどこで過ごしたいと考えているのか。自宅で過ごしたいのか、それとも入院していたいのか。このような意識が出てくれば、入院患者の回診を行う際に住所に目が向くようになり、「ここに住んでいるのなら、こうしよう」とアレンジできるようになると思います。
 例えば、自宅療養を希望される患者さんなら、入院中から薬物療法はシンプルにし、モルヒネのポンプなどは使用せずに、自宅で使用しやすいフェンタニルの貼付剤やモルヒネの坐薬でなるべく調整します。早めに退院支援部署を経由して、在宅療養支援診療所や訪問看護ステーションと相談することも重要です。
 もう1つは退院前カンファレンスです。退院前に診療所の医師や訪問看護師、ケアマネージャーらの介護スタッフと、病院の医師・看護師によるカンファレンスを行います。特に注意しておきたいのは、「これまでの経過」は、退院後の患者さんを引き受けるスタッフにはむしろ必要のない情報ですので、どちらかというと今後のこと、「これから何が起きるのか、起きたらどうすべきか」を簡潔に伝えることが大切です。医学的な内容について各職種から質問を受けた後、具体的な訪問スケジュール等の話になったら、医師はほかの仕事もあるでしょうから、途中退席するなどでもよい場合も多いです。

佐藤 OPTIMのサイトから退院前カンファレンス用のプレゼンテーションシートがダウンロードできるので、それを利用するのもいいですね。
 前回・今回と2回続けて「緩和ケア編」と題してお届けしましたが、我々抗がん治療に携わる医師にとって、コミュニケーションによって相手を理解し、精神的な苦痛や疼痛を拾い上げ、適切に対応することが、抗がん治療を円滑に進める上で重要であることがおわかりいただけたのではないかと思います。本日はどうもありがとうございました。

   
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