化学療法を取り巻く制度と環境


瀧内:次に癌化学療法のシステムについてお話を伺っていきたいと思います。現在、日本では政府主導のもとで、癌診療拠点病院の整備や外来化学療法室を充実させる動きが急速に進んでいます。そこで室先生、愛知県がんセンターでの外来化学療法室のシステムをご紹介ください。

室:当院の外来化学療法センターはベッド、椅子合わせて全29床、担当看護師7〜8名の中規模の施設で、3分の1が乳癌、3分の1が消化器癌の患者です。外来化学療法を受ける患者が急速に増え、今後の大きな課題になっています。日本では、昨今の癌治療外来化の方向性転換と診療報酬点数改正による「外来化学療法加算」の制度新設が追い風となり、外来化学療法が急速に広がってきていますが、そのシステムは緒に就いたばかりであり、まだまだ発展途上にあると思います。

Köhne:ドイツでは、2つのシステムが並行しています。1つは入院による化学療法です。病院が必ずしも外来化学療法を行っていないため、外来化学療法の大半は医師が個人開業している私的医療機関で行われています。ドイツでは農村地域でも、腫瘍内科医のもとで外来化学療法を行うシステムが広く行き渡っています。遠くまで通院する必要がないため患者さんには便利ですが、そうした医師は癌センターに所属していないので、患者さんの治療法について外科医と話し合うような機会がなく、不利だということで賛否両論があります。

瀧内:2007年4月1日から「がん対策基本法」が施行されます。その中で、癌医療の均てん化促進のために、都道府県に概ね1ヵ所「都道府県がん診療連携拠点病院」を設置し、2次医療圏に1ヵ所を目安に「地域がん診療連携拠点病院」を配置する構想が立てられましたが、このシステムについてどう思われますか。

大津:私は政治家ではないので、このような問題に意見を述べるのは難しいのですが、日本では、特に地方では癌専門病院が不足しています。今日の癌治療はレベルの高い高度な技術が必要とされ、優秀な外科医、腫瘍内科医、放射線腫瘍医、内視鏡医などが揃わなければなりませんが、外科医以外の癌のスペシャリストが少ない日本では非常に難しいといわざるを得ません。

瀧内:ドイツには地域ごと、あるいは各県に癌センターがあるのですか。

Köhne:残念ながらありません。ドイツは、ヨーロッパの典型的な例ではないでしょう。例えば、フランスは政治決断によって国中に癌センターが配置されています。ドイツでは、婦人科癌なら婦人科病棟、消化器癌なら消化器科病棟、肺癌なら呼吸器科病棟というように、臓器別の診療科病棟で治療されています。現在、地域の癌センターのレベルを高めるために、その拠点となる質の高い癌センターをつくろうという動きがあります。癌患者には特別な治療が必要であり、専門の癌センターで治療するべきだとの認識が政治家と医師の間に広がったからです。

瀧内:日本では腫瘍内科医と癌専門看護師の数が極めて少ないため、質の高い癌医療を提供する上で大きな障害となっています。

Köhne:ドイツには腫瘍内科医と癌専門看護師が大勢いますが、まだシステムを構築している最中です。日本でもそうしたシステムができれば、腫瘍内科医や癌専門看護師を目指す人材が増えるはずです。恐らく、日本が抱えている問題は一時的なもので、今後は急速に進歩するのではないかと思います。

瀧内:ドイツの腫瘍内科医を育成する教育システムについて教えてください。

Köhne:ドイツでは血液学と腫瘍内科学は切り離すことができません。腫瘍内科医になるには血液学の教育も受けるので、腫瘍内科医が白血病やリンパ腫の治療も行います。他のヨーロッパ諸国、例えばスペインなどでは血液がんと固形がんは明確に区別されています。現在、ヨーロッパの大部分の国では、腫瘍内科医の資格を得るために内科学を3年、腫瘍内科学を3年学びます。

室:日本でも血液がんと固形がんを区別している場合が多いと思いますので、スペインと似ています。私のように消化器癌を扱う医師は、通常血液疾患にはあまり精通していません。

大津:日本臨床腫瘍学会(JSMO)では現在、ASCOとESMOの教育ガイドラインを参考にして、癌薬物療法専門医の教育制度を作ろうとしています。現時点でトレーニングを受けている医師は少数ですが、ヨーロッパや米国と同様の教育制度を目指しています。

 
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