大腸癌におけるKRAS exon 2遺伝子検査の開発の経緯
吉野:大腸癌領域では、抗EGFR抗体薬の負の効果予測因子としてKRAS exon 2の遺伝子検査が臨床導入されています。KRAS exon 2野生型では、抗EGFR抗体薬がリガンドと競合してEGFRに結合することで、細胞増殖が止まり、抗腫瘍効果を発揮します。一方、変異型では受容体をブロックしても下流にシグナルが伝わるため、抗腫瘍効果は認められません (図1)。切除不能進行・再発大腸癌の約40%がKRAS 変異型で、2010年4月にはKRAS 検査が保険適応となり、患者1人につき1回に限り2,000点 (2010年4月当時) が算定されることになりました。
KRAS 検査は、欧米では2008年4月にプレスリリースされるなど、その重要性が認識されていましたが、日本では企業からの承認申請が行われなかったことから、Cetuximabが承認された2008年7月当初KRAS 検査は国内で保険未適応でした。このdevice lagをアカデミアの努力で埋めるために、私たちは2008年12月に新規技術として先進医療に届け出て、2009年2月に「第2項先進医療」として承認を受けました。
当時KRAS 検査の標準法が確立していなかったため、ダイレクトシークエンス法とScorpion-ARMS法の2つを併用しましたが、Scorpion-ARMS法の研究用試薬は1アッセイ4万円以上だったため、ダイレクトシークエンス法による費用、および機器のメンテナンス、人件費等を考慮して検査費として8万円を患者さんに負担していただきました。検査費が高額であったこともあり当院単独で進めた経緯はありますが、結果的に2010年の先進医療専門家会議で有用性が認められ保険収載に至っています。
また、当時はKRAS 検査の結果を薬剤選択に活用するための指針がなかったため、日本臨床腫瘍学会でKRAS 遺伝子変異検討小委員会を作り、2008年11月に「大腸がん患者におけるKRAS 遺伝子変異の測定に関するガイダンス」を発行しました。キーメッセージは、「KRAS exon 2 (codon 12, 13) に変異があれば抗EGFR抗体薬の効果が得られない」でしたが、委員の1人である西尾先生から精度管理の重要性を謳うようご教示いただき、精度管理 (Quality Assurance: QA) について、「原則的にISO/IEC 19757-9: 2008, OECD Guide-lines for Quality Assurance in Molecular Genetic Testing (http://www.oecd.org) に準拠していることが望まれる」と記載しました。
日本におけるKRAS 検査の意義
ダイレクトシークエンス法は検出感度が最大10%程度と言われていますが、私たちは同じ検体でもテンプレートDNAが少ないと変異の検出能が低下することも見出しました1)。このように検査の標準化が難しく、施設間のばらつきが存在するダイレクトシークエンス法に対し、Scorpion-ARMS法をはじめとする体外診断薬は、感度が1〜5%と高く、試薬、解析機器、ソフトウェアまですべてが標準化されているという違いがあります。私たちの検討では、ダイレクトシークエンス法で野生型と診断されながらScorpion-ARMS法により変異型と認められた症例には抗EGFR抗体薬による治療が無効であることが示されているため2)、1%の感度まで高めることは臨床的に意義があると考えています。なお、現在KRAS 検査は、ダイレクトシークエンス法とScorpion-ARMS法に加え、Luminex法とF-PHFA法も保険収載されています (表1)。
KRAS 変異は海外の複数の試験において30〜40%の症例に認められていましたが3-5)、日本人におけるKRAS 変異の正確な頻度は不明でしたので、私たちは全国389施設にご協力いただき、6ヵ月で約5,800例の検体を集積し、主にダイレクトシークエンス法による検索で、KRAS 変異型は37.6%に認められ、そのうち80%がcodon 12変異、20%がcodon 13変異であり、欧米のデータと差がないことを示しました6)。
KRAS 検査の導入には、経済効果があることも示しています。抗EGFR抗体薬の投与対象10,000人にKRAS 検査を行うと、検査しない場合に比べて医療費が約74億円削減されると推定されました。なお現在KRAS 検査は対象者の約99%に行われており、日本で広く普及していることがうかがえます。
KRAS exon 2検査からRAS 検査へ
このような状況のなか、2013年の米国臨床腫瘍学会年次集会でPanitumumabのpivotal trialよりKRAS exon 2以外のマイナー変異に関する解析結果が報告され、論文も発表されました7-10)。新たに解析されたのは、KRAS exon 3 (codon 59, 61)、exon 4 (codon 117, 146)、NRAS exon 2 (codon 12, 13)、exon 3 (codon 59, 61)、exon 4 (codon 117, 146) で、KRAS exon 2野生型の17%に何らかのRAS 変異が見つかりました。
PRIME試験では、KRAS exon 2 野生型の患者においてFOLFOXにPanitumumabを併用することで約4ヵ月のOS延長が認められましたが (19.7ヵ月 vs. 23.9ヵ月, HR=0.83, p=0.072)9)、新たに検出されたRAS 変異を有する症例を除いたRAS 野生型においては、約6ヵ月のOS延長が認められました (20.2ヵ月 vs. 26.0ヵ月, HR=0.78, p=0.043) (図2)。一方、KRAS exon2 野生型で何らかのRAS 変異を有する患者では、Panitumumab併用によりOSは不良な傾向にありました (18.3ヵ月 vs. 17.1ヵ月, HR=1.29, p=0.305)。したがって、何らかのRAS 変異を有する症例は、KRAS exon2変異型と同様、抗EGFR抗体薬の効果が期待できない集団と考えられます。
その他にも、20050181試験、FIRE-3試験、20020408試験、PEAK試験、OPUS試験においてRAS 解析が行われ、KRAS exon 2野生型の16〜31%にマイナーRAS 変異が認められたことが報告されています。そこで、欧州ではいち早くPanitumumab、次いでCetuximabの添付文書が改訂され、投与はRAS 野生型に限られました。また、NCCNガイドラインも抗EGFR抗体薬の投与対象をKRAS /NRAS 野生型に限定しています。
RAS 検査の導入も経済効果があると予想されます。国内で現在の抗EGFR抗体薬投与対象 (KRAS exon2 野生型) にRAS 検査を行い、RAS 変異を有する患者を除外すると、5,000人につき約25億円の医療費削減効果が見込めると推定されています。
日本における RAS 検査キット
RAS 検査の有用性は明らかですが、現在、日本で承認されている検査はKRAS exon 2検査だけです。ただ、私たちは以前よりKRAS exon 2以外の遺伝子変異検査が必要になると考え、Luminex法を用いてKRAS codon 61, 146、NRAS codon 12, 13, 61、BRAF 、PIK3CA を測定する研究用のマルチプレックス検査キットMu-PACK™を開発しました。Mu-PACK™は、50ngのDNAで測定可能であり、安価で4.5時間と短時間で測定可能ですが、感度が5〜10%と低く、PRIME試験などで測定されているKRAS codon 59, 117、NRAS codon 59, 117, 146をカバーしていないなどの欠点もありました。
そこで、Mu-PACK™を改良して、globalエビデンスに対応した遺伝子変異検査キット、RASKETを開発しました。RASKETはMu-PACK™と同様にLuminex 法を用いていますが、感度を1〜5%に向上させ、これまでの臨床試験で検討されたすべてのKRAS /NRAS exon 2 (codon 12, 13)、exon 3 (codon 59, 61)、exon 4 (codon 117, 146) の遺伝子変異をカバーしています。
私たちは、このRASKETとサンガー法によるダイレクトシークエンス法との一致率を検討する臨床性能試験を2013年9月に開始し、良好な結果が得られたため、承認申請を行いました。
土原:ありがとうございます。大腸癌では、バイオマーカーの種類が増えてきたなかで、いかに日常診療に反映させるか苦労しているのが現状だと思います。
西尾:欧州のRAS 検査に使用されているのは、Luminex法ではないですね。
吉野:FIRE-3試験ではパイロシークエンス法が使用されました。ただ、ほかの試験では、サンガー法によるDNAシークエンスおよびSURVEYOR法、BEAMing法など、さまざまな検査法が使用されています。
土原:米国もガイドラインでは既にRAS 検査を推奨していますが、検査法には言及していません。RAS 検査が必要だというエビデンスはあっても、検査法のコンセンサスが得られていないのが現状で、2008年当時の日本と同様の状況に逆戻りしていると言えます。
登:体外診断薬としてIVD (in vitro diagnostics) という言葉がよく使用されますが、厳密な意味におけるIVDは、薬事法により承認を受けた体外診断薬ということになります。したがって、日本ではIVDではなく、独自に開発し承認を受けていないhome-brew assayを用いざるを得ない状況が続いてきたということをまず理解しておく必要があると思います。
土原:そうですね。薬事法の承認を得たIVDはハードルが高く、臨床現場では、承認を得ていないhome-brew assayで検査せざるを得ない状況も多くみられます。
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