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6月
監修:愛知県がんセンター中央病院 薬物療法部 医長 谷口 浩也

大腸癌

若年性大腸癌における癌感受性遺伝子の生殖細胞変異の頻度と分布


Pearlman R, et al.: JAMA Oncol. 3(4): 464-471, 2017

 大腸癌診断時における年齢中央値は男性69歳、女性73歳であるが、大腸癌患者の10%は50歳未満で診断される1)。若年性腫瘍は遺伝的素因の強い腫瘍の特徴のひとつであり、このような特徴などから遺伝性腫瘍症候群を同定することは患者および家族のリスク評価や臨床的管理および治療選択を行う上で重要な意義をもつ。ミスマッチ修復(MMR)遺伝子であるMLH1MSH2MSH6PMS2EPCAMにおける生殖細胞系列変異に起因するリンチ症候群は最も一般的な遺伝性大腸癌であり、若年性大腸癌患者の4〜13.5%を占めることが報告されている2-6)。MMR欠損腫瘍を有する患者はリンチ症候群の可能性が高いことから、EGAPPのガイドラインでは大腸癌患者全例に対してMMR欠損によるリンチ症候群スクリーニングが推奨されており7,8)、NCCNのガイドラインでは50歳未満で大腸癌と診断された全例にリンチ症候群の遺伝子検査を考慮することが提示されている9)。過去の研究は、高リスク患者群に限定して行われたものが大部分であるために若年性大腸癌患者全般における遺伝性大腸癌以外の家族性腫瘍症候群の有病率に関しては未だもって明らかではない5,6)。近年次世代シーケンサーの登場により多重遺伝子パネル検査が可能になり、遺伝性大腸癌の遺伝子検査は表現型から臨床的に絞り込まれたひとつの原因遺伝子を評価する時代から、様々な遺伝性腫瘍症候群の複数の原因遺伝子群をパネルで評価する時代に移っている。これまでにも遺伝性大腸癌の多重遺伝子パネル検査は、表現型から推測した単一原因遺伝子検査に比べ利便性、迅速性および費用対効果に優れていると報告されている10)。しかしながら、若年性大腸癌患者への多重遺伝子パネル検査の臨床的有用性に関しては明らかではない。そこで今回、50歳未満で大腸癌と診断された患者における様々な遺伝性腫瘍症候群に関連する25遺伝子の生殖細胞系列変異について多重遺伝子パネル検査により評価した。

 対象は、米国OCCPI(Ohio Colorectal Cancer Prevention Initiative)に登録され、50歳未満で大腸癌と診断された患者であり、マイクロサテライト不安定性(MSI)検査およびIHCによりMMR欠損についてスクリーニングされたうえで、25の癌感受性遺伝子(APC, ATM, BARD1, BMPR1A, BRCA1, BRCA2, BRIP1, CDH1, CDK4, CDKN2A, CHEK2, EPCAM, MLH1, MSH2, MSH6, MUTYH, NBN, PALB2, PMS2, PTEN, RAD51C, RAD51D, SMAD4, STK11, TP53)について生殖細胞系列変異検査が行われた。

 2013年1月1日〜2016年6月20日の間にOCCPIに参加した51施設から登録された594例のうち家系などが関連しない450例について解析された。患者背景は、男性52.2%、大腸癌診断時の平均年齢42.5歳であり、自己申告による癌の家族歴は、結腸癌19.1%、子宮内膜癌4.2%、乳癌9.3%、卵巣癌2.4%、膵癌2.2%であった。MMR欠損を認めた48例(10.7%)はstage Iが16.7%、stage IIが27.1%、stage IIIが47.9%、stage IVが8.3%であり、MMR欠損がない402例はstage Iが10.2%、stage IIが19.9%、stage IIIが43.3%、stage IVが25.9%であった。なお、1例を除いてMSIとIHCのスクリーニング結果は一致していた。

 450例中72例(16%)において、75の「病的」または「病的と考えられる」癌感受性遺伝子変異が認められ、そのうち36例はリンチ症候群の原因遺伝子変異のみ、2例はリンチ症候群と他の遺伝性腫瘍症候群の原因遺伝子変異、34例は他の遺伝性癌症候群の原因遺伝子変異であった。また、72例中61例で高浸透率または中程度の浸透率である遺伝子に変異を認め、11例で低浸透率である遺伝子に変異を認めた。病的変異を認めた症例は変異を認めなかった症例と比べて、結腸癌の家族歴(45.8% vs. 14%, p<0.001)、子宮内膜癌の家族歴(11.1% vs. 2.9%, p=0.005)を伴うものが多かった。なお、リンチ症候群と診断された症例は他の遺伝性腫瘍候群と診断された症例に比べて早期診断例(stage I, II)が多かった(51.4% vs. 25.7%, p=0.047)。

 MMR欠損を認めた48例中40例(83.3%)に癌感受性遺伝子変異を認め、そのうち37例はリンチ症候群の原因遺伝子変異(MLH1 13例、MSH2 16例、MSH2/単一アレルMUTYH 1例、MSH6 2例、PMS2 5例)、2例は両アレルMUTYH変異、1例はともに低浸透率のAPC c.3920T>A, p.I1307K変異およびPMS2 c.322G>T, p.G108Wの病的意義の有無が不明な変化を認めた。一方、MMR欠損のない402例のうち癌感受性遺伝子変異を認めたのは32例(8%)であり、そのうち9例は大腸癌のリスクが確立されている高浸透率の遺伝子に変異を認めたのに対し(APC 5例、APC/PMS2 1例、両アレルMUTYH 2例、SMAD4 1例)、13例は大腸癌リスクに関連しないとされている高浸透率または中程度の浸透率の遺伝子に変異を認め(ATM 3例、ATM/CHEK2 1例、BRCA1 2例、BRCA2 4例、CDKN2A 1例、PALB2 2例)、10例は低浸透率である大腸癌発症関連遺伝子に変異を認めた(APC c.3920T>A, p.I1307K 3例、単一アレルMUTYH 7例)。

 以上のように、50歳未満で大腸癌と診断された450例中72例(16%)に癌感受性遺伝子変異が認められた。なお、癌感受性遺伝子変異を認めた72例中24例(33.3%)は、NCCNガイドライン9)における遺伝性大腸癌の遺伝子検査を行うための基準を満たしていなかった。免疫チェックポイント阻害剤などの治療のために大腸癌患者全例に対してMMRスクリーニングを続けることは重要だが、遺伝性腫瘍症候群の有病率が高いため若年性大腸癌患者には全例に遺伝カウンセリングを介入し、多重遺伝子パネル検査を施行することも考慮すべきである。



監訳者コメント:
MMR Universal ScreeningやUniversal Genetic Testingに備えた遺伝医療の介入を

 遺伝性腫瘍症候群の特徴の一つに腫瘍の若年発症があげられる。本邦のガイドラインにおいて50歳未満で大腸癌と診断された場合、腫瘍のMSI検査あるいはMMR蛋白の免疫染色が実施され11)、米国では大腸癌患者ほぼ全例にMMRのスクリーニングが行われている10)。いずれにせよその結果proficient MMR(pMMR)と診断された若年発症の大腸癌患者に遺伝性腫瘍症候群のリスクがどの程度あるかは詳細には調べられていない。そこで今回OCCPIは50歳未満の大腸癌患者を対象に、中等度から高度の癌発症リスクがあるといわれている25遺伝子パネルを用いて、次世代シーケンサーにより遺伝性腫瘍症候群の遺伝子変異の頻度と分布を検討する、statewideな研究を行った。

 驚くべきことに、病的と思われる生殖細胞変異を認めた72例の50歳未満の大腸癌患者のうち、約半数はpMMR大腸癌であり、約3分の1ではNCCNのガイドラインによる遺伝子検査実施基準9)に当てはまらず、6人に1人は大腸癌の発症とは関連がないとされている遺伝子に変異が認められた。家族性腫瘍の遺伝診療を行う上で家族歴の聴取は基本かつ極めて重要であるが、第1度近親者に大腸癌の家族歴を持つ若年性大腸癌患者は5人に1人しか存在せず12)、また、通常のスクリーニングで典型的なリンチ症候群に当てはまっても、表現型や浸透率の多様性により他の遺伝性腫瘍症候群がoverlapしうることも十分に考えられ、臨床診断基準での拾い上げのみではケアすべき家系や患者を見逃す可能性があるとeditorialで述べられている12)

 このように、多重遺伝子パネル検査の実施は利益の得られる点がある一方、本研究では若年性大腸癌患者のおよそ3分の1(145例/450例)で、疾患への影響が分からない遺伝子変化(variants of uncertain significance: VUS)が認められている。実際の遺伝カウンセリングにおける結果の開示において、VUSは解釈が難しくクライアントへの情報提供に苦慮する場面もあり、適切な対応が必要とされる。その前に、本邦でも近い将来Medical Oncologyの実臨床の現場でMMRのUniversal Screeningが行われ、deficient MMR (dMMR)大腸癌(あるいはdMMR固形癌)症例が拾いあがった場合、免疫チェックポイント阻害薬に有効な患者が目の前にいると同時に、その患者はリンチ症候群の候補でもあることを忘れてはならない。初期の段階からも含めてこの場合にどのように対応すべきか、チーム医療としてMedical Oncologist、Medical GeneticistおよびGenetic Counselorが院内外で密に連携し、適切な遺伝医療を行うことが大切であろう。

  •  1) American Cancer Society. Colorectal Cancer Facts & Figures. 2016
  •  2) Barnetson RA, et al.: N Engl J Med. 354(26): 2751-2763, 2006[PubMed
  •  3) Hampel H, et al.: J Clin Oncol. 26(35): 5783-5788, 2008[PubMed
  •  4) Hampel H, et al.: N Engl J Med. 352(18): 1851-1860, 2005[PubMed
  •  5) Mork ME, et al.: J Clin Oncol. 33(31): 3544-3549, 2015[PubMed
  •  6) Yurgelun MB, et al.: Gastroenterology. 149(3): 604-613, 2015[PubMed
  •  7) Evaluation of Genomic Applications in Practice and Prevention (EGAPP) Working Group: Genet Med. 11(1): 35-41, 2009[PubMed
  •  8) Palomaki GE, et al.: Genet Med. 11(1): 42-65, 2009[PubMed
  •  9) NCCN Guidelines for Genetic/Familial High-Risk Assessment: Colorectal V.1.2016
  • 10) Gallego CJ, et al.: J Clin Oncol. 33(18): 2084-2091, 2015[PubMed
  • 11) 大腸癌研究会編 遺伝性大腸癌診療ガイドライン 2016年版
  • 12) Vilar E and Stoffel EM: JAMA Oncol. 3(4): 448-449, 2017[PubMed

監訳・コメント:浜松医科大学 臨床検査医学 助教 岩泉 守哉

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