2月監修:愛知県がんセンター中央病院 薬物療法部 医長 谷口 浩也
小腸癌 大腸癌
治療抵抗性の小腸癌および高頻度CpGアイランドメチル化形質(CIMP)を有する大腸癌へのNab-paclitaxel単独療法の第II相試験
Overman MJ, et al.: Ann Oncol. 29(1): 139-144, 2018
大腸癌(CRC)の発生には主に2つの経路がある。1つは染色体不安定性(chromosomal instability: CIN)が生じることで発癌する機序であり、広範な染色体の重複および欠損として特徴付けられる。紡錘体チェックポイントにおける過誤が生じると有糸分裂時の染色体分離に誤りが生じCINを来す。大腸腺腫症(adenomatous polyposis coli: APC)タンパクは有糸分裂紡錘体の染色体への付着部に含まれるタンパクであり、紡錘体複合体の重要な構成要素と考えられている。そのためAPC遺伝子の不活化変異が生じると結果としてCINが生じることがこれまでの研究で示されている1,2)。
2つ目として20%程度のCRCに認められる発癌機序は、CpGアイランドメチル化形質(CIMP-high)と呼ばれるCpGアイランドにおけるシトシンヌクレオチドのメチル化による腫瘍抑制遺伝子の転写不活化が知られている3)。このCIMP-highとCINの発癌機序は、ほぼ相互排他的に背反関係にある4,5)。
タキサンはチューブリンに直接結合することで微小管運動を抑制し抗腫瘍作用を示す。有糸分裂を不可能とすることで細胞周期の進行を止め、細胞死へと導く。タキサンはさまざまな腫瘍で抗腫瘍効果を示し、上部消化管癌では治療効果が認められているが、CRCのような下部消化管癌では現在、治療に用いられていない。転移性CRCを対象とした経口タキサン剤であるTesetaxelの効果をみた第II相試験では、対象39例のうち4例にPR(10%)を、14例にSD(36%)を認めている6)。
前臨床試験でタキサン感受性とCINの強い関与が示されている7,8)。また、in vitro研究でAPC変異もタキサン抵抗性の関与が立証されている9,10)。実際にCRCの細胞株でありCIMP-highかつAPC野生型のHCT-116はPaclitaxelに対する感受性を示す一方で、同じくCRCの細胞株でnon-CIMPかつAPC変異型のHCT-29はPaclitaxelに対して抵抗性を示した9)。加えてHCT-116にAPC変異を導入すると微小管に対する毒性をもつNocodazoleに対して抵抗性が誘発される10)。さらに、Sanger研究所から得られた352種の細胞株の解析においてもAPC変異とPaclitaxel抵抗性の間に強い関連があることが示された。また、Checkpoint with Forkhead and Ring finger(CHFR)遺伝子の異常なメチル化がCRCを含むさまざまな組織型においてタキサンへの感受性と関係があることが報告されている11)。CHFRタンパクは微小管にストレスがかかると活性化するタンパク質である。CHFRタンパクがメチル化により欠損すると微小管へのストレスが致死的となり、結果として細胞死に至ることが、腫瘍のCHFR遺伝子のメチル化がタキサンへの感受性を増加させる理由と考えられている。
以上から、APC野生型かつ染色体安定性を有すると考えられるCIMP-high CRCと、APC変異の頻度が少ないとされる小腸癌(SBA)に対してNab-paclitaxelが抗腫瘍効果を示す、との仮説のもと本研究が行われた12)。
本研究は転移性のSBAおよびCIMP-high CRCを対象としたNab-paclitaxelのオープンラベル単施設第II相試験である。Nab-paclitaxelを260 mg/m2、21日毎に投与する方法で開始したが、4例の登録が終わった時点で2例の重大な有害事象(grade 3の発熱性好中球減少症およびgrade 4の敗血症)が発生したため、投与量が220 mg/m2へと修正された。また3サイクル毎に治療評価が行われた。
CRCに関してはCIMP-high(メチル化特異的PCRでMLH1、P16、P14、MINT1、MINT2、MINT31の6つのうち少なくとも2つ以上に過剰なメチル化が生じていることと定義)を有していることが適格規準とされた。そのほかの適格規準は、ECOG PS≦1、臓器機能が保たれていること、CTCAE ver. 4.0で末梢神経障害grade≦1であること、タキサンでの治療歴がないこと、SBAではフッ化ピリミジンおよびOxaliplatin既治療例、CRCではフッ化ピリミジン、Oxaliplatin、Irinotecan既治療例、加えてRAS野生型であれば抗EGFR治療が行われていること、であった。
治療前のパラフィン埋没腫瘍組織が集められ、APC遺伝子シーケンス、免疫染色によるマイクロサテライト安定性のステータス、CHFRメチル化、が解析された。CIMP-high CRC 20例の血液検体も治療開始時に集積され、Methylation-on-Beads法にて抽出し血中循環セルフリーCHFRを解析した。
APC野生型・マイクロサテライト安定の遠位十二指腸癌の1例、およびCIMP-high・マイクロサテライト不安定性CRCの1例から新鮮な腫瘍検体を採取し、それぞれ10匹のNOD-SCIDマウスに植え込みPDXモデルを作製した。その上で対照群(PBS)およびNab-paclitaxel 12.5 mg/kg投与群に無作為に振り分け、2週毎の腹腔内投与を8回施行し、2週毎に腫瘍径を測定した。
主要評価項目はORRとし、少なくとも3サイクルのNab-paclitaxelの投与を受けた患者をRECIST ver. 1.1を用いて評価した。副次評価項目は安全性、PFS、およびOSとし、探索的評価項目としてAPC変異状態による有効性の評価とした。
必要症例数は、CIMP-high CRCコホートでは両側検定でαエラー=0.025、検出力を91%としORRの閾値が1%以下で期待値を20%とした場合15例、SBAコホートでは両側検定でαエラー=0.025、検出力を85%としORRの閾値が1%以下で期待値を20%とした場合10例であった。
2012年11月から2014年10月までの間にCIMP-high CRCが21例、SBAが13例登録された。患者背景として、前治療数の中央値は、CIMP-high CRCは3レジメン、SBAは2レジメンであった。転移巣はSBAにおいては腹膜(n=11、85%)、CIMP-high CRCでは肝臓(n=11、52%)が最も多かった。投与サイクル数の中央値はCIMP-high CRCおよびSBAともに3サイクルであった(CIMP-high CRC:範囲1-6、SBA:範囲1-17)。
KRAS変異型はCIMP-high CRCで6例(40%)、SBAで8例(80%)認め、APC野生型はCIMP-high CRCで4例(27%)、SBAで8例(80%)に認められた。
有害事象に関しては、治療関連死亡は認めず、grade 3/4の有害事象は倦怠感(n=4、12%)、好中球減少(n=3、9%)、脱水(n=2、6%)、血小板数減少(n=2、6%)であった。また、grade 3の発熱性好中球減少症は3例(9%)に認められた。
主要評価項目であるORRの解析対象となったのは、CIMP-high CRCの15例、SBAの10例であった。CIMP-high CRCでPR例は認められなかったが、SBAにおいては2例においてPRが認められた。SDはCIMP-high CRCで3例(20%)、SBAで3例(30%)であった。PFSはCIMP-high CRCに比べSBAで良好な傾向が認められた(PFS中央値:CRC 2.1ヵ月、SBA 3.2ヵ月、p=0.03)。探索的解析としてAPC変異の有無と治療効果の関係について解析したところ、CIMP-high CRCにおいてAPC野生型は4例認められたが、最良効果はいずれもPDであった。しかし、SBAでPRが認められた2例においてはいずれもAPC野生型であった。APC変異を有するもう1例のSBAでは最良効果がPDであった。CRCのうち高頻度マイクロサテライト不安定性を有する1例およびメチル化MLH1を有する3例における最良効果はいずれもPDであった。
5例で組織検体を収集しCHFRメチル化の解析を行ったところ、2例がCHFRのメチル化を有し、残りの3例では認められなかった。メチル化CHFRを有する症例のうち1例は5ヵ月SDの効果が得られたが、もう1例は有害事象により治療中止となったため有効性は評価できなかった。20例のCRCで治療開始前に収集された血漿を用いてCHFRのメチル化の有無が評価された。うち5例にCHFRのメチル化が認められ、CRCでSDの効果が認められた3例のうちの2例が含まれていた。症例数が少ないがCHFRのメチル化とSDもしくはPFSとの関連性は認められなかった。
本研究に参加していない症例から採取された腫瘍検体から作製されたSBAのPDXモデルにおいて、Paclitaxelの腹腔内投与により腫瘍の縮小が得られたが、CRCのPDXモデルでは有意な縮小は認められなかった。
本研究ではNab-paclitaxelのCIMP-high CRCに対する有効性は示せなかったが、SBAにおいてはPDXモデルの結果も含め、有効性を示唆する結果となった。本研究の結果により、CRCとSBAの違いが示され、それぞれ独立した治療開発を行う必要性があることが示された。
日本語要約原稿作成:国立がん研究センター中央病院 消化管内科 宮本 敬大
監訳者コメント:
希少疾患である小腸腺癌の新たな治療選択肢の可能性
結果も興味深いが、この研究の特筆すべき点は研究根拠の理論展開にある。「なぜ同じ消化管を発生母地とする腺癌であるにも関わらず、上部と下部でタキサン系薬剤の感受性が異なるのか」というごく単純な臨床的疑問を起点として、数々の基礎研究データと臨床試験の結果を基に理論を展開し、そこからタキサンの治療効果が期待できるサブセットを想定し、治療開発に結び付けるといった、臨床研究計画のお手本のような流れに注目して頂きたい。
著者は小腸腺癌研究の第一人者である、M. D. Anderson Cancer CenterのOverman氏で、これまで小腸腺癌に関する数々の臨床病理学的検討・治療開発、そして網羅的遺伝子解析にわたる重要なデータの創出に携わっている。彼らのグループにより、小腸腺癌が胃癌よりも大腸癌に近い生物学的特性をもつことや、大腸癌の化学療法として開発されたフッ化ピリミジン+Oxaliplatin療法が有効であることが示されてきた一方、遺伝子変異プロファイルは胃癌とも大腸癌とも異なるユニークな腫瘍であることが指摘されている。近年、大腸癌に有効とされる分子標的薬であるBevacizumabやPanitumumabといった薬剤が小腸腺癌において有効な選択肢とは言い難いことを示唆する臨床試験の結果も報告されてきており、小腸腺癌における腫瘍特異的な二次治療以降の治療開発の重要性が高まっている。そうした治療選択肢の乏しい小腸腺癌における新たな可能性が本研究にて示された。今後更なる検討を重ね、タキサン系薬剤の恩恵が得られるサブセットの解明が重要になってくるであろう。
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監訳・コメント:国立がん研究センター中央病院 消化管内科 本間 義崇
GI cancer-net
消化器癌治療の広場